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The "Teshin" Theory of Restoring Return as a Manner of Forest Circulation246

[The Priest’s View] The principle of "Kannagara" that restores the flow as a way of forest circulation

Updated by 青木和洋 on February 18, 2026, 9:44 PM JST

Kazuhiro Aoki

Kazuhiro AOKI

Representative Director, WSense Corporation / DELTA SENSE Production Committee

Representative Director, WSense Corporation / DELTA SENSE Production Committee Born in Aizuwakamatsu City, Fukushima Prefecture. From a family background of flower arrangement, tea ceremony, and Noh theater, he has been exposed to Japanese culture from an early age. His interest in wood began when he witnessed a shrine carpenter "sharpening a plane" and became aware of the depth of the craft. Currently, based on the knowledge he gained as a Shinto priest, he is promoting initiatives that lead to the public interest. He is a member of the Tokyo Junior Chamber of Commerce, holds a graduate degree and an MBA (Master of Business Administration), and has been a Boy Scout and a soccer player since he was 4 years old.DELTA SENSE Official HP WSense Corporation

*Previous column is here.
The "Nakami-Imai" time frame transcends the division of responsibility between the past and the future as a manner of forest circulation.

惟神――森を“モノ”から“理”へ戻す

惟神(かんながら)は、乱暴に聞こえてしまうかもしれませんが、「自然の理(ことわり)に沿って」という態度を指します。
ここで言う自然は、風景としての自然ではなく、地形、水、土、気候、生態、そして人の暮らしと文化まで含む、相互依存の仕組みとしての自然です。森林は木材を生むだけではなく、水の流れを整え、土を保ち、気温や湿度の佇まいに影響し、地域のリスクや生活感覚にも作用します。
それにもかかわらず、議論の場では木材価値だけが可視化されやすく、不可視の価値は“無いもの”として扱われるのが常なのです。

惟神は、この不可視を精神論ではなく構造に捉え直すことに価値があります。例えば、森をサプライチェーン(供給の鎖)と捉えると「伐る、運ぶ、加工する、売る、使う」という工程を踏みます。しかしその鎖は「前へ進むこと」しか想定していません。そう、循環に必要なのは「戻る」ことです。つまり、森が循環しない最大の理由は、伐ること自体ではなく、価値が森へ戻らない設計にあると私はみています。
惟神の視点に立てば、森は鎖ではなく輪であるべきだと分かります。輪の中では、使う者が支える者になります。
消費が手入れへ戻る。利益が育成へ戻る。知恵が地域へ戻る。
すなわちこれが循環です。

ただし、ここにも批判点があります。惟神を掲げると、「自然に沿うのが正しい」という価値判断が先に立ち、誰が何をもって“自然に沿う”と決めるのかが曖昧になりやすい。さらに、神道的な語りは共同体の内部には効きやすいが、外部ステークホルダー(投資家、取引先、都市消費者、行政制度)へ説明する際に、根拠が情緒として扱われるリスクがあります。言い換えるなら、惟神は内に響きやすいが、外には伝播しにくいという特徴を持ちます。
だからこそ、惟神の精神を現代に活かすならば、姿勢を二段に分ける必要があります。
第一段は、惟神を「見えない価値を落とさないための態度」として使うこと。森の価値は木材だけではありません。水源涵養(雨水を蓄え、川へ穏やかに流す働き)、土砂災害の抑制、景観、文化、心身の回復。これらは価格に乗りにくい。惟神は、価格に乗らない価値を“無いもの”にしないための態度として有効です。
第二段は、その態度を「制度・契約・KPI」に翻訳すること。態度だけでは循環は回りません。ここを翻訳せずに惟神を語ると、言葉としては綺麗だが、現場に届かなくなります。

神道で語れる範囲/語れない範囲を切り分ける

森林循環を神道で語るとき、最も危険なのは「神道は自然と共生するから正しい」という短絡です。現実の森林には、利害がある。境界がある。所有権がある。危険性がある。税制がある。補助金がある。これらは、神道語彙だけでは解けません。
したがって私は、神道で語れるのは“解法”ではなく“問いの立て方”なのではないかと考えています。中今は時間の問いを立てる。惟神は関係性の問いを立てる。二つを合わせると、森林循環は次のように再定義できるのではないかと。
・森林循環とは、木を回すことではない。
・時間差を吸収しながら、関係性の輪を壊さずに回すことである。
・そして輪を回すためには、戻り道(還流)が制度として必要である。

ここで初めて、実装の最低条件が見えてきます。
売上が出たら森へ戻す、という善意は尊いが脆い。景気が悪ければ消える。だから重要なのは、道徳ではなく仕組みにあります。
端的に言えば、還流が「後からの善意」ではなく「最初からのルール」になっているかどうか。これが、循環を回すか止めるかの分岐点になるのでしょう。
本稿は、神道を“正当化装置”として使わないための線引きをしています。中今と惟神は、森林循環の実装に必要な問いを鋭くします。しかし、問いが鋭くなっても、手が動く仕組みがなければ森は整わない。神道が役に立つのは、まさにこの“仕組みの必要性”を、時間と関係性の言葉で腹落ちさせるところまでです。
そこが現段階において、森林循環経済における神道の限界だと感じています。

結語――森林循環を「持続する仕組み」へ変えるために

本稿ではここまで下記のような提起を行ってきました。
・中今は、未来へ渡す責任の一点としての“今”を思い出させる。しかし、それは我慢を美化するためではない。時間差を吸収する設計を作るため。
・惟神は、森をモノではなく”巡りの理”として扱う視点を取り戻す。しかし、それは情緒に逃げるためではない。見えない価値を落とさず、輪としての戻り道を制度化するため。
この二つが揃うと、森林循環は「守る/使う」の争いを超えて、「使うほど整う」仕組みに近づく。しかしそれは、順序が整っているときだけです。
ではその順序とは何か。
重要なのは「触れない領域」「手入れする領域」「恵みをいただく領域」を分け、下記の順番を守ることです。

<触れない領域>
水源域や崩れやすい斜面、生態系の要所など。ここは「手を入れないこと」が正しいのではなく、手を入れるべきではない条件がある、という理解が必要。

<手入れする領域>
間伐、枝打ち、更新(植え替え)、作業道整備、獣害対策など。ここが循環の心臓部であり、コストが集中し、担い手が要る。

<恵みをいただく領域>
木材利用だけでなく、香り、体験、教育、観光、ウェルビーイングなど、価値交換の出口をつくる領域。

第三の領域で生まれた価値が、第二の領域へ戻るように設計する。これができれば、森は「使われるほど痩せる」から「使われるほど整う」へ転換し得ます。逆に、戻りがない限り、どれほど理念を語っても循環は続きません。惟神は、森を“モノ”ではなく“巡りの理”として扱うための視点であり、その関係を成立させるのは最終的にルールと制度です。

そして繰り返しますが、森林循環を続ける鍵は、還流ルールを「後からの善意」にしないことです。
売上が出たら森へ戻す、という発想は優しいが脆い。景気が悪いと削られる。だから順番を逆にする。最初から「売上の一定割合は森へ戻る」「担い手育成へ戻る」「教育へ戻る」と決める。規模は問いません。重要なのは“先に決める”こと。先に決めれば、事業はその制約の中で儲かる形を発明し始めるのだから。

最後に1つ、問いを置いて終えたいと思います。
あなたの仕事や暮らしには、「触れない領域」「手入れする領域」「恵みをいただく領域」がありますか?
もし境界が曖昧なら、循環は詰まりやすい。詰まりはいつも静かに始まる。だからこそ中今が要る。今という一点で、境界と順番を整えるために。そして惟神が要る。人間だけで世界を決めないために。
森は千年単位でそれを示しています。私たちには、その沈黙の作法から学べることがまだたくさんあると考えています。(株式会社WSense 代表取締役 / DELTA SENSE 製作委員会 青木 和洋)

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