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日本の紅葉は、なぜ世界でいちばん美しいのか—日本の森林が支える循環社会(1)001

Why are Japan's Autumn Leaves the Most Beautiful in the World?

Updated by 小宮山 宏 on April 01, 2025, 11:22 AM JST

小宮山 宏

Hiroshi KOMIYAMA

(一社)プラチナ構想ネットワーク

東京大学工学部化学工学科教授、工学系研究科長・工学部長、東京大学理事・副学長、東京大学総長(第28代)を経て、2009年三菱総研研究所理事長に就任。2010年プラチナ構想ネットワーク会長(2022年 一般社団法人化)。その他、化学工学会会長(2002年度)、国立大学協会会長(2007年度)、一般社団法人超教育協会会長、公益財団法人国連大学協力会理事長、市村地球環境学術賞審査委員会委員長などを歴任。

日本の紅葉は、世界でいちばん美しい――そう言われることがあります。その理由は、目を奪うような色彩の豊かさにあります。赤、黄、橙、そしてまだ緑が残る葉もあり、山全体が織物のように染まっていく光景は、日本の秋ならではの風景です。なぜ日本では、これほどまでに多彩な紅葉が見られるのでしょうか。それは、ひとことで言えば「木の種類が多いから」です。紅葉の色は、木の種類ごとに異なります。モミジは赤く、イチョウは黄色に、サクラは褐色に――といった具合に、さまざまな色が混ざり合っているからこそ、あの美しいグラデーションが生まれます。

世界的にも珍しい「樹種の多様性」

ではなぜそもそも日本にはこんなに多くの種類の木があるのでしょうか。実はこれは、日本列島の地形と歴史に関係しています。たとえば、約2万年前の氷河期。地球全体が寒冷化し、多くの植物が絶滅しました。しかし、日本列島は南北に長く、山が多く、海に囲まれた複雑な地形をしています。このため、寒さを逃れられる「植物の避難場所(レフュジア:refugia)」が多く存在し、他の地域よりも多くの種が生き延びることができたのです。

そうした多様な植物たちが、現在まで連綿と引き継がれてきた結果、日本の森林は「樹種の多様性」に富んでいます。これは世界的に見ても非常に珍しいことであり、秋になるとその多様性が色彩となって現れるのです。こうして紅葉の美しさを見つめるとき、私たちは気づかぬうちに「森林の豊かさ」を感じ取っているのかもしれません。多様な樹木が共に生き、四季に応じて姿を変える――そんな森林の奥深さが、日常の風景の中に溶け込んでいます。

さて、どうして紅葉の話から始めたのかといえば、その背後には植物が行っている生命活動の変化があるからです。葉の緑が抜け、赤や黄が目立ち始めるのは、木が光合成をやめ、冬を迎える準備を始めている証です。木がどのように生き、どのように空気中の二酸化炭素を取り込み、そしてそれをどう蓄えているのか――。森林を「循環の担い手」として見つめ直すには、こうした基本のしくみを押さえておくことが出発点となります。

光合成と呼吸――緑の葉は小さな“エネルギー工場”

植物は、私たちの目にはほとんど動かない存在に見えます。しかしその葉の中では、絶えず化学反応が起こり、生きるためのエネルギーを生み出しています。その代表的なしくみが「光合成」と「呼吸」です。どちらも、植物が生きていくうえで欠かせない働きです。光合成は、植物が光のエネルギーを使って、空気中の二酸化炭素と土から吸い上げた水を材料に、でんぷんなどの炭水化物(栄養分)を作るしくみです。作られた栄養は、植物自身が成長するための材料になります。この反応の過程で、酸素も同時に放出されます。

植物の葉が緑色をしているのは、「葉緑素(クロロフィル)」という色素があるからです。葉緑素は光を吸収し、光合成のエネルギー源として利用されます。つまり、緑の葉は小さな“エネルギー工場”なのです。一方で植物も、動物と同じように呼吸をしています。呼吸では、酸素を取り込んで、体内にある栄養分を分解し、エネルギーとして利用します。このとき、二酸化炭素が排出されます。つまり、植物は「二酸化炭素を吸って酸素を出す」だけでなく、「酸素を吸って二酸化炭素を出す」こともしているのです。

光合成と呼吸は、一見すると逆の働きをしているようですが、どちらも植物にとって必要不可欠な営みです。日中は太陽光を使って光合成を活発に行い、夜間は呼吸だけを続けます。日なたにいる植物がよく育つのは、光合成の時間が長く、たくさんの栄養を作れるからです。このようにして、植物は自らの体をつくるだけでなく、大気中の二酸化炭素を取り込み、酸素を供給するという役割も果たしています。地球の気候や空気の組成を安定させている背景には、森林のこうした地道な働きがあります。

二酸化炭素を吸収して成長

ただし、ここで注意しておきたいのは、光合成による二酸化炭素の吸収は、木の成長と密接に関わっているということです。若くて勢いのある木は、光合成が活発で、たくさんの二酸化炭素を吸収して成長します。しかし、年を経て成長が鈍ってくると、吸収量は減り、呼吸によって放出される二酸化炭素の量とほぼ釣り合ってくるようになります。つまり、「森に木がある=常にCO2を吸ってくれる」という単純な図式では語れません。森林の中でどのような木が、どのくらいの年齢で、どのように生きているか――そのバランスによって、二酸化炭素の吸収量は大きく変わってくるのです。

木は見えないところで絶えず空気を動かし、自らの体を育てながら、空気の組成にも影響を与えています。森林を「循環の仕組み」として見ていくためには、まずこの目に見えない代謝の存在を知っておくことが、重要な一歩になるのです。(プラチナ構想ネットワーク会長 小宮山宏)

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