Is cutting down trees evil? Let's rejuvenate our old forests
Updated by 小宮山 宏 on May 07, 2025, 3:15 PM JST
Hiroshi KOMIYAMA
(一社)プラチナ構想ネットワーク
東京大学工学部化学工学科教授、工学系研究科長・工学部長、東京大学理事・副学長、東京大学総長(第28代)を経て、2009年三菱総研研究所理事長に就任。2010年プラチナ構想ネットワーク会長(2022年 一般社団法人化)。その他、化学工学会会長(2002年度)、国立大学協会会長(2007年度)、一般社団法人超教育協会会長、公益財団法人国連大学協力会理事長、市村地球環境学術賞審査委員会委員長などを歴任。
森林は、二酸化炭素(CO2)を吸収して酸素を放出する――このように習った記憶のある方も多いかもしれません。けれど実は、森林が常にCO2を吸ってくれるとは限らないことをご存じでしょうか。二酸化炭素の吸収力には「ピーク」があり、木の成長とともにそれは変化していくのです。木は、光合成によってCO2を吸収し、自らの体を形づくる栄養をつくり出しています。CO2は、葉・幹・根といった「バイオマス(生物由来の物質)」の中に炭素として固定されていきます。この状態が続いているかぎり、CO2は大気中に戻らず、木の中に蓄えられたままになります。
けれど、木はいつまでも成長を続けるわけではありません。若木の時期はぐんぐんと大きくなり、光合成も活発に行われるため、CO2の吸収量も多くなります。しかし、ある程度の年齢を迎えて成長が止まってくると、次第にその吸収量は減っていきます。さらに木が老いてくると、呼吸によるCO2の排出量と、光合成による吸収量がほぼ同じになり、「実質的にCO2を固定しない状態」に近づいていきます。この状態の木は、見た目には立派な大木でも、地球温暖化の抑制という観点ではあまり貢献していないことになります。しかも、老木は倒木や病気のリスクも高く、ひとたび倒れて分解が始まると、それまで固定していた炭素が再び大気中に戻ってしまいます。
森林全体が高齢化していくと、CO2の固定能力は大きく下がってしまいます。日本の森林は、戦後に植えられたスギやヒノキが多くを占めていますが、現在ではそれらの多くが植林からすでに50年以上を経ており、老齢期に差しかかっています。つまり、森林のCO2吸収力が全体として低下しつつあるというのが現状なのです。一方で、伐採された場所に新たな苗木を植えることで、再び若い木が育ち、CO2の吸収が活発になります。このように、木を適切に伐って、また育てるという循環こそが、森林のCO2固定能力を持続させる鍵になります。
「木を残すこと」が常に善で、「伐ること」が常に悪であるとは言えません。むしろ、CO2の吸収という機能を森林に担わせたいならば、計画的に木を伐って若返らせることが必要なのです。森にある一本一本の木は、どれも同じように見えるかもしれません。しかし、そこには年齢があり、成長の段階があり、それぞれに異なる役割があります。森林を循環させ、活かしていくという考え方の出発点は、そうした「木の時間」に目を向けることなのです。
森林伐採と聞くと、環境破壊というイメージを持つ人が多いのではないでしょうか。実際、「地球温暖化を止めるには、木を伐らずに残さなければならない」といった主張もよく耳にします。けれど、その考え方は必ずしも正しいとは限りません。むしろ、地球環境のためには「伐るべき木を、きちんと伐る」ことが必要になる場面があるのです。
東京大学の熊谷朝臣教授は、全国の人工林のデータをもとに、「森林がどの年齢のときに、どれだけ炭素を吸収・蓄積しているか」を明らかにする研究を行いました。その結果わかったのは、木がある年齢を超えると、CO2の吸収と固定量が飽和してしまうという事実です。たとえば、戦後に大量に植えられたスギやヒノキの人工林は、今まさに成熟のピークを迎えており、そのまま放置すれば、やがて吸収量は減っていきます。しかも、古くなった木は病気や風倒のリスクが高まり、倒れて分解されることで、かえって炭素を大気中に戻してしまうこともあるのです。
熊谷教授の研究では、こうした老齢林を間伐・伐採し、その跡地に新たな苗木を植えることで、森林のCO2吸収力を持続的に高めることができると示されています。つまり、「伐ること」は破壊ではなく、炭素を“固定し続ける”ための戦略的な手段になりうるということです。もちろん、むやみに伐るのでは意味がありません。大切なのは、「どこで、どのような木を、どう伐るか」という視点です。計画的な伐採と、適切な再植林。このサイクルを丁寧に繰り返すことによって、森林は若返り、再び吸収力を高めていくのです。
実はこのような考え方は、ヨーロッパではすでに主流となっています。ドイツや北欧諸国では、「伐る→使う→植える→育てる」という森林資源の循環サイクルが、社会のしくみとして根づいています。木材はまず建材や家具などとして長期間使用され、役目を終えた後は燃料などとして活用されます。そして、その分をきちんと植林し、森全体の若返りを図ることで、炭素の吸収能力を絶やさず保ち続けているのです。このように、森林を「守る対象」としてだけではなく、「活かして、次の世代へつなぐ資源」としてとらえる発想が、持続可能な社会の基本的な考え方となっています。伐採は、その循環の一部として計画的に行われているのです。
私たちがめざす「循環社会」においては、「使わないこと」ではなく、「使いながら循環させていくこと」が本質です。森林もまた、そうした考え方のもとで向き合うべき資源なのです。(プラチナ構想ネットワーク会長 小宮山宏)