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【炭素耕作で未来を耕す】地球を救う“つくる”発想とは?043

[Cultivating the future with carbon farming] What is the idea of “creating” that will save the Earth?

Updated by 養王田正文 on June 11, 2025, 2:33 PM JST

養王田正文

Masafumi YOHDA

東京農工大学

東京大学大学院化学工学専攻で工学博士の学位取得。旭硝子中央研究所研究員、理化学研究所専任研究員、東京農工大学工学部助教授などを経て、2003年に東京農工大学大学院工学研究科教授。同大学院工学研究院卓越教授を経て2025年4月から特任教授。JST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)の「カーボンネガティブの限界に挑戦する炭素耕作拠点」(2023年度~2032年度)でプロジェクトリーダーを務める。専門は分子シャペロンと呼ばれるタンパク質の構造機能研究、遺伝子解析技術の開発など。

地球温暖化を引き起こす温室効果ガス。その筆頭である二酸化炭素(CO2)をどう減らすかは、現代の人類にとって最大級の課題のひとつだ。
そんな中、「炭素耕作」というユニークな概念が注目されている。農業のように“耕して”炭素を利用するというこの新しい発想に基づき、科学技術振興機構(JST)の「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」の1拠点として、東京農工大学を中心とする研究開発プロジェクトが進められている。
炭素耕作拠点のプロジェクトリーダーを務める養王田正文・東京農工大学特任教授に、拠点が目指す「炭素耕作社会」の概念やその背景について話を聞いた。
(聞き手・構成:須田桃子)

――「炭素耕作」とは、どのような考え方ですか。

一言で言えば、食料だけでなく、燃料や材料も“耕して”つくるという考え方です。私たちは古くから、植物を耕して食べ物を得てきました。でも、人間の生活には食料だけではなく、エネルギーや材料も必要です。
大昔は森林から木を切って、燃やしたり家を建てたりしていましたが、今では石油や石炭など、地中から掘り出した化石燃料に大きく依存しています。石油からはプラスチックを作るなどして、材料としても利用しています。
燃料や材料を“耕す”ことは、すなわち炭素を“耕す”ことを意味します。
なぜなら、植物を含む生物の体は有機物でできており、炭素は有機物の骨組みとなる元素だからです。石油や石炭は、大昔の植物や藻類といった生物の死骸(有機物)が地中に長く留まることで変化してできたものです。生命も文明も、炭素なくして生まれませんでした。
つまり私たちは、植物が有機物に変換することで「固定」した炭素を、燃料や材料として長らく利用してきたわけです。
「炭素耕作」とは、食料だけでなく、燃料や材料の原料も人間の手で“つくって使う”ことによって、炭素を“耕す”という考え方なのです。

――なぜそうした発想が必要なのでしょうか。

理由は明確で、地球温暖化が進んでいるからです。
現在の温暖化の主因は、CO2などの温室効果ガスの濃度が大気中で高まっていることにあります。
地球の歴史をさかのぼると、太古の地球は、金星のように非常に温暖な惑星だったと考えられています。実は現在よりもはるかにCO2の濃度が高かったのですが、今から30億年ほど前に光合成を行う生命が登場して、CO2を徐々に減らしてきました。
その後、人類が登場し、火を使うことを覚え、衣服を作り家を建てるために植物を使うようになりました。やがて文明が生まれると、食べる量よりもはるかに多くの植物を消費するようになり、その結果として森林が破壊されました。
例えばローマ帝国の時代には、地中海沿岸の豊かな森林地帯が伐採され、砂漠化が進んだといわれています。
産業革命以降は、石炭や石油などの地下資源が使われるようになりました。それで木を燃やさなくてよくなったかというと、人口増加に伴いエネルギーの需要も増えてきたので、やはり森林の破壊はどんどん進んでいます。

――人類は地上と地下の炭素をあらゆる形で利用しながら繫栄し、その結果として植物が固定した炭素が解き放たれ、大気中のCO2が増えていったわけですね。

はい。ただし、炭素の利用の仕方については、食料の場合と、燃料や材料の場合とで大きな違いがありました。
人類は農業を発明し、耕作によって食料を計画的かつ大量に作れるようになりました。
一方、燃料や材料に関しては、産業革命前までは森林の木を大量に切って燃料にしていたし、化石資源もいわば「採り放題」で使ってきた。基本的には地上の炭素も地下の炭素も(地球から)奪い取って使ってきたわけです。
地上の炭素、例えば木や作物は、また育て直すことができます。でも、地下にある炭素、つまり化石資源は、使ってしまえばもう元には戻りません。
食料と同じように、燃料や材料も、自分たちの必要なものを必要な分だけ、自分たちで努力してつくる。これが炭素耕作の基本的な発想です。

―― 地上で育てた植物を燃料として使うバイオマス燃料は、すでに世界各地で導入が始まっています。

バイオマス燃料については、これまでは食料となる農作物の余剰部分を使って燃料にすることが多かったのですが、量が足りないうえに、食料との競合も問題になってきました。
ですから、最初から燃料や材料として使う目的で植物を育てる、つまり「耕作する」ことが重要になるのです。

――しかし、地球上の農地は限られています。

そうですね。特に日本では農地がかなり限られていて、食料の多くを輸入に頼っているという問題があります。さらに、農地を広げるために森林を切り開けば、自然破壊を進めることになります。
これ以上、自然を破壊することはできません。
そこで、今ある農地や資源を最大限に生かす必要があります。農作物の生産効率を高めたり、作物から得られる炭素を無駄なく活用したりする技術が求められていると言えます。

――炭素を“無駄なく使う”とは、どういうことでしょうか。

植物が光合成で固定した炭素のうち、実際にどれだけを有効利用できるか。これを「炭素効率」と呼びますが、この効率を上げるという考え方です。
例えばバイオエタノールを作る場合、発酵や蒸留をするのにエネルギーが必要ですが、その工程で大量の炭素が失われたり、追加でエネルギーが必要になったりします。
いくら“再生可能”でも、効率が悪ければ意味がありません。固定された炭素のうち、1割しか使えないより、2倍、3倍と有効に使える仕組みの方がいい。
同時に、農産物による炭素の固定効率も今より上げる必要があります。
炭素耕作社会を実現するには、これら両方の効率を上げるための技術が必要です。

※後編(第2回)では、稲作、森林、藻類に関する具体的な研究内容や、日本でこのプロジェクトを進める意義について詳しく紹介します。

須田桃子(Momoko Suda)
科学ジャーナリスト/東京農工大学特任教授。炭素耕作拠点のアウトリーチ活動を担当する。毎日新聞、NewsPicksを経て2024年11月に独立。2023年9月のNewsPicksの特集「虚飾のユニコーン 線虫がん検査の闇」で調査報道大賞奨励賞などを受賞。著書に『捏造の科学者─STAP細胞事件』(文藝春秋、大宅壮一ノンフィクション賞、科学ジャーナリスト大賞)、『合成生物学の衝撃』(文藝春秋)。共著に『誰が科学を殺すのか──科学技術立国「崩壊」の衝撃』(毎日新聞出版、科学ジャーナリスト賞)。

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