Bringing about revolutionary changes in business and society with biomass resources at the core
Updated by 阿尻雅文 on June 12, 2025, 2:04 PM JST
Tadafumi AJIRI
東北大学
1986年 東京大学工学系研究科化学エネルギー工学専攻 博士号取得、1987年東京大学助手。1989年東北大学工学部生物化学工学科助手。2002年多元研教授を経て2007年原子分子材料科学高等研究機構教授 現在に至る。化学工学会会長、国際水熱ソルボサーマル学会会長を歴任。受賞歴は文部科学大臣表彰、文部科学大臣賞、令和元年紫綬褒章等。専門は化学工学、超臨界工学。
カーボンニュートラルにおいて最も重要となる、温室効果ガス削減へ向けた試み。なかでも森林循環経済という点で、大きな期待を寄せられるのがバイオマス資源の活用だ。プラチナ森林産業イニシアティブのメンバーとして、専門の化学工学の立場から多くの提言をしてこられた東北大学教授の阿尻雅文氏に伺う。
もともと化学工学を専門に、同学会の会長を務められた阿尻氏にとって、森林循環経済はいわば「畑違い」の分野だったという。
「私が化学工学会の会長だった2018年から2020年の頃、化学産業の将来のあり方について議論を深めたことが、森に目を向けることになった直接のきっかけです。具体的には2050年のカーボンニュートラル達成に向け、化学産業のあり方を考えるなかで、自分たちの果たす役割を再発見することになりました」
他の産業分野と同様、「工学」は縁の下の力持ちであり、ひとつの生産プロセス(プラント)において、インプットとアウトプットを支配するさまざまな因子やそのアルゴリズムを考察し、時間やコストの面から検討し、より良いシステムの追求を目的とする。化学工学は、20世紀前半に産業の主役が石炭から石油にシフト、プラスチックや化学繊維の生産拡大やガソリン車による爆発的なモータリゼーションが起こるなか、その中心となる石油精製プラント設計の主役を担った歴史がある。
「1970年代、オイルショックを受けて、石炭をガス燃料や代替石油に変えたり、公害問題に対処するため大気や水の浄化を行ったりと、学問の立場から課題解決の方法論を提案してきたのも化学工学の先達の皆さんでした。それだけに、カーボンニュートラルへ向けた化学産業の未来像を考えるのは、自分たちの役目、という強い使命感が生まれたわけです」
現在の化学産業は、石油を原料にしてプラスチックをはじめとするさまざまな化学製品を生み出しているが、それらは使用後に最終的に燃やされて温暖化を招くCO2となってしまう。これを抑えるには、①廃プラスチックのリサイクルで燃焼量を減らす方法、②カーボンニュートラルなバイオマス資源の活用、③CO2を原料として水素と反応させて化学原料を生み出すCCU(Carbon Capture and Utilization:二酸化炭素の回収有効利用)があり、②のバイオマス資源とりわけ森林資源の活用推進に寄せられる期待は大きい。
「石油やプラスチックとは、簡単に言うとCH2という構造をもっているもの。これに対し、植物である木材は太陽光のエネルギーを使って水(H2O)とCO2を吸収することでC6H10O5のセルロースとヘミセルロース、そしてリグニンを蓄えており、さまざまな方法でこれを抽出・変化させ、石油代替資源にするのがバイオマス活用技術の基本です。同様のプロセスは廃食品などを材料にしても可能であり、森林資源は量的なインパクトが大きい点が重要です」
バイオマス資源は、製紙産業の技術を用いて活用できる。直接材料に用いるチップのほか、製材後の端材やおがくずなどを材料に、蒸解釜を用いて高温のアルカリ処理をすることでリグニンが溶け出し、セルロース成分(ヘミセルロースも)が残る。セルロースはグルコース(C6H12O6)という糖がつながった構造をもち、分解と発酵によりエタノール(C2H6O)としてアルコール燃料になるほか、これを原料にエチレンなど化学樹脂を合成することも可能だ。
「森林資源の活用では製紙産業に長い歴史がありますが、蒸解の過程で出るリグニンは黒液と呼ばれ、製紙工場ではこれを燃やして発電や熱回収をするなど、以前からエネルギー回収に用いられてきました。製紙の原料になるパルプはセルロース成分そのものであり、バイオマス化学ではこれを原料として利用しようというわけです。リグニンに関しては、日本の人工林に多い杉に含まれるものが化学製品のフェノール樹脂とよく似た構造をもつこともわかっており、それも製品化すればエネルギー消費のさらなる抑制が期待できます」
このような成分分離を行うのではなく、もっと単純に高温で熱分解してオイル成分を抽出する方法もあるという。高温に熱した砂を熱分解塔内に送り、原料となるバイオマスを入れて急速に加熱することで、油分やガスを生成。同時に析出する炭素分は、熱分解に必要な熱を供給する仕組みだ。
「600から900℃くらいの熱をかけ、ちょうど炭焼きの際に出る木酢液のような成分を燃料や化学原料として使います。同様のプラントで、砂ではなくゼオライトという触媒を用いる方法もあり、こちらの場合は生成したオイルが触媒上で分解してオレフィンという化学原料に変化。さらにベンゼン、トルエン、キシレンBTXなどの化学原料も得られます。さらに現在は、バイオマスを高温高圧状態の超臨界水、亜臨界水の中で分解することで炭素が析出せず、油収率を上げる技術も実用化され、海外では大型のパイロットプラントも稼働しています」
もちろん、すべて良しというわけではない。現状では、これらオイル分には含酸素化合物が多く含まれているため、燃料としてはともかく、石油化学の原料利用には相応の後処理が必要となる。が、阿尻氏によると、解決すべき喫緊の課題は別なところにあるという。
「バイオマス資源による産業の推進を考えた場合、今の日本には必要な技術をすぐに開発できる土台が備わってはいる。ただ、産業としての実装には、ひとつの企業、一分野の産業という狭い範囲では、どうしても限界があります。たとえば、化学工業の会社だけでは難しい資源調達の面も、廃棄物処理の会社や製材業者、建築会社などが互いに連携していくことで、サプライチェーンを有効に機能させなければなりません」
同じ業界、隣の会社というだけでなく、コンビナート的な大きな視野での構想によって、資源や廃熱、副産物の相互供給などの輪は広げられる。より川上の林業までを視野に入れれば、その基盤はいっそう強固になることが予想される。
「工学の世界では、こうした発想を『バウンダリー(境界)を広げる』と言います。狭い化学産業内だけでは解が見つからない場合でも、バウンダリーを広げ他産業も含めて考えることで解が見つかることがあります。そして新たな産業として社会の姿が見えてきます。実際、山口県周南市の周南コンビナートの大改革を旗印に、廃棄物と森林資源、一部CO2を原料とする新たなコンビナート構想が立ち上げられ、すでに動き出しています。将来的には、廃棄物産業が静脈ではなく、石油産業のような動脈産業になり、森林にまつわる産業にも建築や燃料以外の新たなニーズが生まれるはずです」
日本ではこの数十年、残念ながらこうした大きな視野が見失われてきたばかりでなく、ベストエフォートを目指すあまりに、タイミングを逸することが少なくなかった。それだけに、2050年の期限が迫るなか何より大切なのは国をあげてのスピード感だと、阿尻氏は考えている。
「それには、技術以上に新しい社会づくりが重要になるでしょう。現状、バイオマスを活用してのエネルギーや製品は、どうしてもコストがかかる。だからと言って、安価でも環境負荷の高い資源のほうを良しとしていては、いつまでも状況を変えることはできません。各企業はもちろん、私たち一人ひとりが、地球環境にとって望ましい選択をできるかどうかが問われていると思います」
誰もが社会のものの流れやライフサイクルを考え、新たな産業で新たな社会と文化を生み出すこと。今ほど、Act Now!の精神が求められている時はない。
「私自身、プラチナ森林産業イニシアティブに参加させていただいたのも、チームの一員として皆さんと一緒に『せーの!』でやっていきたいからこそ。日本はこんなところで立ち止まっていてはいけない――そうした思いを丸ごと動かそうとする、プラチナの使命に心から共鳴します」
碩学の矜持、熱い心意気が、産業界の大きな一歩を力強く支えていく。