[Cultivating the future with carbon farming] We are entering an era where we can "grow" materials and fuels as well
Updated by 養王田正文 on June 30, 2025, 3:46 PM JST
Masafumi YOHDA
東京農工大学
東京大学大学院化学工学専攻で工学博士の学位取得。旭硝子中央研究所研究員、理化学研究所専任研究員、東京農工大学工学部助教授などを経て、2003年に東京農工大学大学院工学研究科教授。同大学院工学研究院卓越教授を経て2025年4月から特任教授。JST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)の「カーボンネガティブの限界に挑戦する炭素耕作拠点」(2023年度~2032年度)でプロジェクトリーダーを務める。専門は分子シャペロンと呼ばれるタンパク質の構造機能研究、遺伝子解析技術の開発など。
前回の記事はこちら
【炭素耕作で未来を耕す】地球を救う“つくる”発想とは?
地球温暖化を食い止めるには、炭素の使い方そのものを見直す必要がある──。
科学技術振興機構(JST)「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」の東京農工大学拠点では、食料だけでなく、燃料や材料も“耕して”つくるという新しい発想に基づく研究開発プロジェクトを進めている。
プロジェクトリーダーを務める養王田正文・農工大特任教授へのインタビュー。後編では、実際に進められている研究や技術開発の取り組み、そして「炭素耕作社会」実現に向けた挑戦に日本で取り組む意義を聞いた。
(聞き手・構成:須田桃子)
――炭素耕作社会の実現に向けて、プロジェクトでは主にどんな研究や技術開発をしていますか。
すでにお話ししたように、日本は農地面積も限られ、かなりの食料を海外から輸入しているうえに、化石資源も限られています。バイオマスをたくさん作らなければいけないと考えたときに日本で何ができるか。まず思い浮かぶのは稲作と森林と藻類なので、この3つに注目して研究をしています。
――稲作では具体的にどんな研究を進めていますか。
たとえば、農工大では「モンスターライス」という新しいイネを開発しています。
従来のイネは、風などで倒れにくいよう、大きくなりすぎず、かつ一定の生産量が出るような品種改良がなされていますが、モンスターライスは普通の稲の2倍近くの高さがあり、1.8メートルほどまで育ちます。葉や茎も大きく、炭素の固定量が非常に多いうえに、丈夫で倒れにくい品種です。
もちろん穂もつき、食用にもなるので、非常時の備えとしても役立ちます。さっぱりした食感のお米なので、チャーハンなどによいかもしれません。
――普段は稲わらやもみ殻の部分を含め材料や燃料として使いつつ、食料安全保障にもなるということですね。通常の稲作では、稲わらなどはどうしているのでしょうか。
田んぼに漉き込むのが一般的ですが、そうするとメタンが発生するという問題が生じます。メタンは二酸化炭素(CO2)と同様、温暖化ガスですから、メタンの発生も防がなければなりません。対策の一つとして、農工大発スタートアップが、水に浮かべる自動ロボット「アイガモロボ」を開発しました。メタンガスの発生を抑制するとともに、雑草の発生やジャンボタニシによる食害も抑制する効果があり、沖縄県西表島などで導入を進めています。
――森林についてはどうでしょう。
日本は森林面積が国土の約7割と豊富で、多くのCO2が固定されていますが、管理されずに放置された“高齢樹林”が多く、炭素の固定能力はどんどん少なくなっています。
森林産業も衰退しており、木材や紙として利用されるもの以外は放棄されています。せっかく固定された炭素がうまく利用できていないということですね。
そもそも新しく植えた木が木材として売れるようになるまでには何十年もかかるので、若者が木を植えても収益が得られる頃には老人になってしまう。建築材料に適した太くて長い木にするための管理も大変です。これらは、森林産業が抱える根本的な問題です。
そこで私たちは、「早生樹(そうせいじゅ)」と呼ばれる、早く大きくなる木を植えることを考えています。たとえばユーカリやセンダンといった樹木は、10年ほどで成長が止まり、活用できるようになります。
余談ですが、森林では今、増えすぎたシカによる新芽の食害も問題になっています。ユーカリならば新芽が食べつくされる前に大きく育つので、その害を防ぐこともできるかもしれません。
最後に藻類に関しては、日本は海に囲まれているので、海面を利用した栽培の可能性を探っています。そのための大量培養技術とともに、オイルを生産できる藻類の開発も進めています。
――バイオマスを生産するだけでなく、材料などに利用するための研究も進めているのですよね。
はい。植物が固定する炭素の大部分は「セルロース」という、ブドウ糖が連なったポリマー(繰り返し構造のある高分子)に含まれています。バイオマスを材料に使う場合、このセルロースをブドウ糖に分解し、さらに発酵させてさまざまな化合物に変換させる方法が一般的です。しかし、セルロースは分解されにくい構造なので、分解には非常に多くのエネルギーが必要です。
それでは効率がよくないので、そこで私たちは、セルロースを分解するのではなく、そのまま紙パルプやプラスチックのような材料に加工して使う方法も検討しています。
お米に関しても、たとえば私たちのメンバーのある企業は、お米とプラスチックを混ぜて新しい材料をつくっています。米を分解するのではなく、混ぜることで、無駄な工程がなく、効率的に材料に変換できるわけです。
そういったいろいろな方法で、作ったバイオマスを効率的に材料に変換できる技術を開発しています。
――前編でも話題になった「炭素効率」を向上させる技術ということですね。
その通りです。光合成で固定された炭素のうち、どれだけの量を固定したまま製品として残せるか。この比率が高いほど「炭素耕作」としての意義が高まり、環境負荷も小さくなります。
エネルギーについても同じことが言えます。たとえばサトウキビからバイオエタノールを作る場合を考えてみましょう。サトウキビを発酵させると十数%のエタノールができますが、そのままでは使えないので蒸留させます。蒸留するにはやはりエネルギーが必要です。
エネルギーを消費しているのに「カーボンニュートラル」と言われているのはなぜかというと、蒸留の際に砂糖の製造過程で出てきたサトウキビの絞りカスを燃やしてエネルギーにしているからです。でも、光合成で固定された炭素をそこで使っているわけですから、カーボンニュートラルとはいっても無駄な炭素が使われていることになります。
こうした無駄をなるべく減らすことが重要です。
――最後に、この研究を日本で進める意義についてお聞かせください。
これまで、バイオマス関連の産業は主に、アメリカやブラジルなど農産物の生産が盛んなところで行われてきました。ただし、そういったところでは、原料となるバイオマスが豊富なだけに、先ほどお話ししたような利用における無駄も多いのが現状です。
一方で、日本はバイオマスの生産量が少なく、産業としても確立されていません。これは弱みに見えますが、エネルギー資源が限られているので需要はあり、まだ産業化していないからこその自由度の高さもあります。そうした意味で、日本は、高効率で無駄のないバイオマスの生産や利用のための技術開発に向いていますし、むしろ世界をリードできる可能性も秘めていると考えています。
須田桃子(Momoko Suda)
科学ジャーナリスト/東京農工大学特任教授。炭素耕作拠点のアウトリーチ活動を担当する。毎日新聞、NewsPicksを経て2024年11月に独立。2023年9月のNewsPicksの特集「虚飾のユニコーン 線虫がん検査の闇」で調査報道大賞奨励賞などを受賞。著書に『捏造の科学者─STAP細胞事件』(文藝春秋、大宅壮一ノンフィクション賞、科学ジャーナリスト大賞)、『合成生物学の衝撃』(文藝春秋)。共著に『誰が科学を殺すのか──科学技術立国「崩壊」の衝撃』(毎日新聞出版、科学ジャーナリスト賞)。