Why are ceremonial chopsticks made of willow? Understanding the culture of wood is understanding the "Japanese way of life"
Updated by 小倉朋子 on July 09, 2025, 11:45 AM JST
Tomoko OGURA
株式会社トータルフード
(株)トータルフード代表取締役 食の総合コンサルタント/東証上場企業2社の社外取締役/亜細亜大・東洋大学・東京成徳大学兼任講師/食輝塾主宰/日本箸文化協会代表ほか/トヨタ自動車広報部に勤務後、国際会議ディレクター、海外留学を経て現職。飲食店、食品関連企業のコンサルティング、メニュー開発のほか、諸外国の食事マナーと総合的に食と生き方を学ぶ教室「食輝塾」を主宰。「食と心」を柱に、トレンド(分析、開発)から食文化、マナー、栄養、健康経営、食環境とメンタルまで、あらゆる食の分野に精通、専門が幅広いのが特徴。「箸文化と儀式」「日本の箸と特異性」「割箸と外食産業」について学術論文、箸に関する著書、監修多数。世界で唯一の日本箸文化の研究者といわれる。 トータルフード公式サイト 日本箸文化協会サイト
「箸? 森林とどう関係があるの?」と思われるかもしれませんが、日本の箸文化や食文化は木々と深い関係があります。それは日本人の生活様式や、日本人の精神性や生き方にも通じていると思っています。
日本は、手で直接に食べ物に触れて食事をする「手食」も行いますが、主に箸を用いて食事をする「箸食」の国です。箸食の国は、ほかにも中国・韓国・北朝鮮・台湾・ベトナム・タイ、またシンガポール・カンボジア・モンゴルの一部など人口ベースでは、世界の約3分の1といわれています。
馬彪氏による寄稿(幻冬舎ルネッサンスアカデミー 2018/08)には、「箸食の国の総人口は約19億で世界総人口の約25%を占めている」とあります。ですが、「箸」という道具の用いられ方に関しては、日本はかなり特異性があると考えられるのです。
例えば日本以外の国の箸は、金属や陶器、今は禁止されている動物の角などが素材になっていますが、日本はもともと木製です。これが、日本人と箸との関係性に深く関わっています。さらに、木からできていることは、日本人の国民性などにも影響を及ぼす一因になっているといえるのです。
私は25年ほど前から箸文化について研究をしており、学術論文や著書を書いてきました。箸を知ることは、「日本を知ること」と言っても過言ではないと思っています。身近ながらもほとんど認知されていない日本の箸の精神性や箸文化と木との関係など特異性について、次回以降も含めお伝えできればと思っております。
日本の箸は、他国と異なり、もともと「食べ物を運ぶ道具」ではなく祭事や儀式に用いられる「祭器」でした。伝統的な儀式を行う上で、神様にお供え物をする際に、手掴みをしないように用いられた、特別な役割をもつ「神器」であったのです。
今でも新嘗祭など重要な祭事においては、神様に供する食べものの最初に「箸」を供します。2千年以上続く祭事において、継続されているのです。
また、食べる時に用いる道具としてみても、日本は、その種類や形状など多岐にわたり使い分けています。そこには一つ一つの意味がある点もほかの国とは異なる点です。例えば年中行事や通過儀礼といった日本人の人生に重要な場において箸が様々な役割を持っていることは、外国人はもとより、日本人にもあまり認知されていません。
人生の節目ともいうべき通過儀礼のうちの結婚式などの慶事の儀式や、祝いの席に用いる箸には「祝箸」を用います。祝箸は、両側が細い形状で、正式には柳の木を使った白木の箸となります。素材が柳でできていることから「柳箸」とも呼ばれます。正月、お食い初め、結婚式のほか、誕生祝、初節句、七五三、成人式など慶事の際のみに使用されるのです。
柳の素材であることに意味があると考えられます。祝いの席では折れて縁起が悪くなることを恐れて、丈夫でしなる柳の木が選択されたと考えられます。また、柳の木は水で清められた神聖な木として縁起が良いとされており、白木のため、白木の香りが邪気を祓うといわれています。お食い初めにしろ、結婚式や正月にしろ、神様とともにある場に祝箸は使用されます。ですので、神様の前で、純粋無垢な気持ち、ケガレの無い心で臨むといった意味もあり、白木なのではないかと想像できます。
研究した結果の想像ですが、柳を使うことで枯れない心や健全な身体も願っていたのではないでしょうか。柳を家内喜(やなぎ)と当て字にて表記することもありますので、そういう視点においても柳なのです。ちなみに木とは関係ないのですが、祝箸は箸の両細口の箸です。これは、片側は自分が口を付ける場所、もう片側は神様が口を付ける場所とされています。祝箸は、神様のための神器である箸を通じて、生命の源である「食」を神とともにいただく場であることを示しています。
「お食い初め」は、箸初め、箸そろえ、箸立ち、箸祝いともいい、全て名称に箸がついています。生まれて初めて箸を通して生後百日目にあたり赤ちゃんが生涯食べ物に不自由しないように願って行う行事です。皆様もご経験ある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
宮中におけるお食い初めである「お箸初式」では、御祝い御膳と称する白木の三方折敷の上に頭のついた塩漬けの魚2尾を合わせて金銀の水引で結んだものと、歯固めの意味となる青石2個を大高檀紙という紙で包み金銀水引をかけたもの、小豆粥とともに、柳素材の御白箸を箸台の上に手前一文字に載せるとされています。この時にも折敷には白木が使われ、柳素材の御白箸が役割をもつのです。この宮中のお箸初め式に倣い、国民もお食い初めには、白木や柳を用いています。健康に生きていくための願いを箸に込めるのです。
このように日本では、その場で使用する特別な箸の素材においても、意味を持たせて使い分けをし、願いや感謝、さらには「生き方」までも説いています。(株式会社トータルフード代表取締役・日本箸文化協会代表 小倉朋子)