Carbon neutrality as a basis for biomass utilization in the forest circular economy
Updated by 相川高信 on July 09, 2025, 7:50 PM JST
Takanobu AIKAWA
PwCコンサルティング合同会社
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー/森林生態学および政策学をバックグラウンドに、林野庁や地方自治体の森林・林業分野の調査・コンサルティングに幅広く従事。特に欧米先進国との比較から、国内における林業分野の人材育成プログラムや資格制度の創設に貢献した。東日本大震災を契機に、バイオマスエネルギーを中心とした再生可能エネルギーの導入のための調査・研究に従事。FIT制度におけるバイオマス燃料の持続可能性基準の策定に参画。2024年7月より現職にて、気候変動を中心にサステナビリティ全般の活動をリードしている。京都大学大学院農学研究科において森林生態学の修士号、北海道大学大学院農学研究院において森林政策学の博士号を取得。
各所でみられる木材利用の議論の前提になっているのは、森林バイオマスがカーボンニュートラル(炭素中立)であるということだ。しかし、この考え方を的確に説明できる人は案外少ないように思う。「森林循環経済」を構想する際の基礎となるこの原理について解説しよう。
森林バイオマスがカーボンニュートラルだという考え方は、森林バイオマスのエネルギー利用の基礎となった。加えて、燃料となる木材については、持続可能性が確保されたもののみを使うように、EUやイギリス、そして日本でも持続可能性基準が作られ、第三者認証を用いて証明を行うことが求められるようになっている。
こうした対策にもかかわらず、「森林バイオマスはカーボンニュートラルではない」「バイオマス発電は石炭(火力発電)よりも悪い」といった批判が、環境団体だけではなく、アカデミアからも行われるようになった。
この問題は、日本の場合、大型の輸入バイオマス発電に対する批判であり、それ以外のエネルギー利用(小規模な熱利用)や、マテリアル利用(バイオプラスチック、木造建築)とは無関係だと思っている方も多いかもしれない。しかし、実はこの問題は全ての用途に共通する本質的な問いかけだと筆者は考えている。
はたして、森林バイオマスはカーボンニュートラルと呼べるのだろうか?
森林(樹木)は光合成により、大気からCO2を吸収し、バイオマスを合成している。それらが利用され、最終的には燃焼により(エネルギー利用の有無にかかわらず)、大気にCO2を放出しても、元の状態に戻るだけなので、大気中のCO2濃度には影響を与えない。つまり、炭素中立(カーボンニュートラル)であるということで、これが最もシンプルな説明であろう。一年生の草本植物の利用の場合は、きれいに当てはまる。
一方、化石燃料の場合は、数億年前に植物が吸収したCO2が変性・化石化したものであるが、これを地中から掘り出して燃焼させてしまうと、再び化石化するのには地質学的な年月を要する。つまり、大気のCO2濃度を上昇させるので、気候変動の主因になっているのである。
一方で、森林の場合に考えなければならないのは樹木が再吸収に要する時間である。国内外を問わず、森林・林業の関係者の頭の中には植栽から育林、伐採を経て利用・再造林が行われる「循環」の図がある。しかし、ここで問題になるのが再吸収に要する時間である。2050年までに温度上昇を1.5℃未満に抑えるためには、CO2排出は基本的にゼロを目指すが、森林バイオマスが排出したCO2は「負債」になってしまう。
もちろん、図で想定されているのは、1haなど一定の区画(林分)であり、実際は周辺に伐採されていない林分が存在し、CO2を吸収して成長を続けている。日本全体では、多数の林分で伐採が行われているが、ネットで森林の蓄積量が増加していることから、森林バイオマス利用は正当化しても差し支えないだろう。
このように、バイオマス利用の炭素中立性を考える時は、広域的な森林の炭素蓄積の増減と対で考える必要がある。これをランドスケープアプローチと言う。実は、これは各国がUNFCCC条約事務局に提出するGHGインベントリ作成のために、IPCCが作成したガイドラインのアプローチそのものである。
IPCCガイドラインは、バイオマス由来のCO2を人為的な排出として計上しないことになっている。森林の炭素ストックの変化量の報告を求めているので、グロスの吸収・排出がどこまで的確に捕捉されているかという問題はあるにせよ、理論的には抜け漏れはない。また、生産や輸送、加工に使用する燃料や肥料からのCO2およびその他のGHG(メタンやN2O)は排出として計上しなければならない。
このように論理的には矛盾のない炭素会計の仕組みが作られているにもかかわらず、森林バイオマス利用が懐疑的に見られる背景には、世界の森林が伐採されて農園に転換されるなどして減少し、CO2の大きな排出源になっている点がある。日本では「木を使うことは環境によいことだ」という考えが広く受け入れられているかもしれないが、世界では必ずしもそうではないということは理解しておいた方がよい。
2020年時点で、地球上にはおよそ40億haの森林があり、陸地の3割程度を占めていると言われる。しかし、森林の面積は減少を続けており、2015年以降の10年間を見ても、毎年600万haのペースで森林が減少している。森林生態系の炭素ストックは6,600億t-C以上と巨大な量が推計されているが、この森林減少に伴い、毎年4.1GtのCO2が排出されたことになる(2014~2023年の平均、出典はGlobal Carbon Project(2024)”Global Carbon Budget 2024”)。
この値は、化石燃料の使用と工業プロセスによる排出の35.6Gtに比べると小さいものの、太陽光や風力などの再生可能エネルギーの加速度的な導入により、化石燃料由来のCO2削減の目途が立ってきたことを考えると、解決の糸口がつかめていないという点でより深刻である。そのため2021年のCOP26において、日本も含めた世界の140以上の国・地域が参加し、2030年までに森林減少を食い止める「森林と土地利用に関するグラスゴー首脳宣言」に合意している。
そして、森林減少の要因は、面積ベースで6割程度が、農林産物コモディティの生産のための農園転換であると推計されている。具体的には、パーム油や大豆、牧畜、コーヒーなどの農業コモディティが多いが、木材(繊維)生産も含まれている。森林減少の9割は、熱帯原生林で起こっており、これを単一樹種の木材プランテーションに転換することも、森林減少としてカウントされている。想定されているのは、「繊維」と言う用語からも分かるように、製紙原料用のユーカリやアカシアなどへの転換である。
このように「森林バイオマスはカーボンニュートラルであり、気候変動対策になる」という主張は、森林の蓄積が維持・増加しているという条件付きで成立するということに注意が必要である。原生林の場合は、森林の伐採を止めることが基本となるが、欧米を中心とした人工林の林業地帯では、むしろ伐採して利益が上がるからこそ、森林に投資を行い、結果として蓄積が増加しているという実証的なデータも確認されている。このことから、世界全体の課題には向き合いつつも、地域ごとに最適な森林利用と保全のバランスを考えるという穏当な結論に到達する。
また、同じ森林バイオマスの利用においても、建築材利用などの長寿命な利用方法から、製紙・プラなど数年レベル、そして通常は一年以内に燃やされてCO2を排出するエネルギー利用など様々なパターンがありえる。気候変動対策の立場からすれば、森林が吸収したCO2を長期間保持できる点で長寿命の利用方法を優先すべきと言える。しかし、紙製品やバイオマス燃料は端材を原材料としており、林業・木材産業の経済性向上のためには必要不可欠であるし、かつ化石燃料やそこから作られるプラスチックを代替することで、化石燃料を削減している。反対に、端材の燃焼を排出と捉えると、建築材のカーボンフットプリントは極めて大きくなってしまい、「環境にやさしい」という主張が揺らいでしまう。
以上のことから、森林の持続的な経営を前提に、森林・林業・木材利用システム全体でカスケード利用に努め、大気からのCO2除去量と化石燃料由来CO2の代替量を最大化することが重要である、というこれまた常識的な結論が導かれる。(PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー 相川高信)
■参考文献
相川高信(2025)「森林減少と森林火災を食い止める-ビジネスは森林の複雑さと向き合う必要がある」 PwC Intelligence気候変動レポートVol.9
相川高信(2023)「バイオマス炭素サイクルの気候中立性 森林バイオマスの『炭素負債』論争を理解する」 自然エネルギー財団解説レポート