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信州カラマツは景観資源から林業資源へ 技術革新とブランド化が拓く林業の未来136

Shinshu larch transforms from a landscape resource into a forestry resource: Technological innovation and branding pave the way for the future of forestry

Updated by 加藤聡悟 on September 17, 2025, 9:29 PM JST

加藤聡悟

Sougo KATO

株式会社リーフレイン

金融機関でハイテク分野の企業調査に携わったのち、造園建設現場における監督業務を経て現在独立。素材産業や再生可能エネルギー、木材利用の分野に関心を持ち、近年は林業に関する企画執筆に取り組んでいる。かつて現場を通して山林作業に携わった体験を背景に、現場のリアルと産業構造の接点を探る執筆を目指している。

軽井沢や白馬と聞けば、多くの人がリゾート地を思い浮かべる。爽やかな空気、雄大な山並み、洋風建築や別荘文化。それらが重なり、この地特有の雰囲気を形づくってきた。その背景には、山を覆うカラマツ林がある。日本で広く植えられた落葉針葉樹で、春の新緑、夏の深緑、秋の黄金、冬の透けた樹形と四季で大きく姿を変える。この変化が高原風景に陰影を与え、異国的な空気をつくってきたのだ。さらにカラマツは戦後の造林で大量に植えられ、長野県の人工林の約5割を占める。しかし材として見ると乾燥すると反りやすく、建築分野では敬遠され、長らくパレットや梱包材といった限られた用途に用いられてきた。

半世紀の試行錯誤が実を結ぶカラマツ建築

ではなぜ今注目されるのか。背景には、非住宅建築における木造化の進展と、集成材やCLTに代表される加工技術の成熟がある。さらに軽井沢や白馬では、地域ブランドと結びついた建築事例も生まれ、信州カラマツは景観資源から林業資源へと、新たな役割を担い始めている。

秋のカラマツ並木(photoAC)

カラマツが建築で本格的に注目され始めたのは、2010年の「木材利用促進法」を契機とする国産材利用拡大の流れからである。だがその裏には半世紀以上の試行錯誤がある。戦後、長野の山々に大量植林されたカラマツ資源は豊富だが、油分が多く乾燥で反り割れしやすい欠点から、建築材としては敬遠された。そこで研究機関や木工業者は、まず家具という小規模用途で活路を探した。

昭和30年代、県の試験場が脱脂・乾燥等の加工の研究を進め、家具職人が成果を取り入れ学習机や椅子に挑戦した。試行錯誤を重ね、やがて学校向けに数千台普及するまでに至る。力強い木目を生かした家具は、日常の中でカラマツの可能性を示した。

この蓄積が21世紀の集成材やCLT普及と結びついた。乾燥や接着技術の進歩で、扱いにくいとされたカラマツも安定した構造材として供給可能になったのである。つまり軽井沢や白馬の建築に見られる活用は、突如の革新ではなく、長い研究と実践がようやく実を結んだ成果である。

リゾート文化を陰で支えたカラマツ林

長野は「信州」という名自体がブランドである。冷涼な気候と山岳風土は、そばやワイン、高原野菜などを育み、清らかで洗練されたイメージを築いてきた。軽井沢は明治期に外国人宣教師が避暑地として注目したのが始まりで、別荘文化と洋風建築が融合し国際リゾートへ発展した。白馬は戦後のスキー熱と98年冬季五輪を契機に、外国人で賑わうスノーリゾートとなった。

これらの発展の背景には、四季ごとに表情を変えるカラマツ林の存在がある。春の新緑、秋の黄金色、冬の透けた樹形──それらはあくまで主役ではないが、軽井沢や白馬の風景に陰影を与え、他の山地とは異なるリゾートの空気を生み出してきた。つまり信州カラマツは、森林資源であると同時に、リゾート文化をさりげなく支えてきた風景資源であった。

軽井沢や白馬などのホテル建築で活用も

近年、信州カラマツを活用した建築が現れている。軽井沢の「ホテルインディゴ」は地元産カラマツを構造材に用い、暖炉や地元食材のダイニング、館内アートを組み合わせ、文化を体験へ翻訳している。ここでは素材の出自と空間体験が結びつき、「信州産材を使う」事実自体が差別化となり、ホテルと地域ブランドを強化する。

信州プレミアムカラマツのブランド化(出典:林野庁Webサイト

白馬の宿泊施設「KANOLLY Resorts」も象徴的だ。豪雪に対応するため合掌造りを参照した三角屋根を雁行させ、雪荷重やプライバシーに配慮した。構造材に県産カラマツ集成材、外装に諏訪産鉄平石、外構に白馬産石材を採用し、素材調達から地域性を示した。ここでは景観を形づくったカラマツが、構造と意匠の両面で資源として可視化され、体験価値を生む。

これらは信州カラマツを「景観資源」から「建築資源」へ再定義し、新しい位置づけを与える。ワインや農産物のように産品と体験が結びつくとき、ブランド価値は競争力を持つ。輸入材との価格競争ではなく、「地域を体験できる素材」として差別化の可能性が見えてきた。

ブランド化が拓く林業の新たな道筋

信州カラマツは軽井沢や白馬のホテル建築で空間価値を示し、その魅力を実証している。だが高級リゾートでの採用は始まりにすぎない。課題は、ワインや食品のように繰り返し消費されず、日常的な接点が少ないため、名前と体験が直結しにくい点だ。

だからこそ今後は「信州カラマツを使う」というメッセージを戦略的に発信し、体験と名前を結びつけていくことが重要だ。それが実現すれば、全国的な認知と需要の拡大につながり、輸入材とは比べられない「地域を体験するブランド材」として評価されるだけでなく、国内林業が価格競争から脱却するモデルケースともなり得るだろう。(株式会社リーフレイン 林業ライター 加藤聡悟)

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