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木質バイオマス熱供給が普及するオーストリアに根付く相互協調の森林文化【地域経済循環の基礎となる熱供給事業2】146

A cooperative forest culture takes root in Austria, where wood biomass heat supply is widespread

Updated by 小林靖尚 on September 30, 2025, 9:43 PM JST

小林靖尚

Yasuhisa KOBAYASHI

株式会社アルファフォーラム

株式会社アルファフォーラム・代表取締役社長、プラチナ森林産業イニシアティブ・ステアリングコミッティー 1988年早稲田大学理工学部応用化学科卒、三菱総合研究所主任研究員(住環境担当)を経て、同社のベンチャー支援制度を活用し2001年に株式会社アルファフォーラムを設立。以降、木材利用システム研究会(常任理事)、 もりもりバイオマス株式会社(顧問)、富山県西部森林活用事業検討協議会(事務局)等を歴任。2023年9月には木材利用システム研究会賞を受賞。

「貯蓄はそんなになくて大丈夫なんです」「老後は国が面倒みてくれますから」…私が欧州出張時に複数回聞いた言葉だ。Austriaの標準税率(日本の消費税に相当)は20%、食品税率は10%だ。北欧各国の標準税率は25%以上だ。今回のコラムは「国を信頼する意識と、公共資源、公共事業に対する意識」から新しい森林文化をどのように共有していくべきか?を述べたい。日本国や自治体を信頼・信用するかはさておき、日本人は貯蓄好きだ。年金だけでは生活が苦しいと考え、少しでもいまのうちにがんばって貯蓄しておこうと考える。国民が貯蓄しているから膨大な赤字国債が支えられている事実もある。さて、Austria等への出張で感じた「日本と違う点」についてまとめてみよう。

コミュニティー内の見えざる相互監視

20年くらい前にドイツに出張して先方と面会したときに「あなたはドクター or ミスター?」と聞かれた。博士号は持っていないので「ミスターです」と答えた。ちょっと冷たい上から目線を感じたが、日本では全員中産階級意識があって、生まれとか学歴で人を分類することは表立ってはしていない。彼との話は盛り上がったので、自宅(マンション)にも招待されて会食することになった。英語での会食は何を食べたかわからないくらい疲れるが、「このマンションには年収2000万円程度以上の方々がほとんどであって、同じような社会的地位の仲間でのコミュニティーだ。地域熱供給(温水)があって、月次料金はどの家庭も一緒(サブスク)だから、断熱改修をしないとコミュニティーからはじかれる…」のお話をいただいた。

日本だと「お金を出せば使って良いんでしょ!」「お金あるので、ぜいたくにエネルギー使って何が悪いの?」との考えもある。生活の必需である「熱エネルギー」に対して、もしもサブスクで供給したら、定額支払っているのだから使いたいだけ使うわ…になりかねない。

ドイツやオーストリアの地下鉄には改札がない。乗った時間を印字する機械はあるのだが、切符や定期券等を個人別に確認する機械も人もいない。当然に切符を購入して公共交通を利用しているわけだ。友人に聞いてみると、「乗車券を確認するNPOがあって、無賃乗車をみつけると日本の10倍くらいの反則金のようなものを徴収し、半分を鉄道会社、半分をNPOの活動に収納する」そうだ。日本で同じシステムをとった場合、「みつからなければ大丈夫…」が多くいるのではないか?と危惧するのは、ぼくだけだろうか? 自動改札機や人件費コストを考えると、欧州のそれは合理的と思う。それだけ公共意識コミュニティーが成熟しているからだろう。

日本とは違う森林の位置づけ

森林緑地は美しい風景、エネルギーや食の恵みをもたらす社会インフラであると考えれば、個人所有と権利主張の位置づけは違ってくる。Austriaでは広大な面積の山林は爵位を持っている人が所有している場合が多い。森林は国境も含むので、軍事上の防衛ラインであったことも我が国とは位置づけが違っているのだろう。山林の一般所有者に対しては、世界大戦後に住宅地などと「等価交換」を国や自治体が進めたこともあって、爵位を持つひとに集中させたとも聞いた。

だから、国や州が認定したフォレスターの権限が違ってくる。日本でもフォレスター制度(森林総合監理士制度)を進めているが、基礎となる文化が違うので定着は遠いだろう。まずは小さな地域(字や集落程度)で「エネルギーを使うことを最小限にして、植林をして二酸化炭素の吸収も一緒に進めよう」「断熱性能の低い住宅に住む、クルマに1人で乗る、遠くから運ばれてきた食品を食べているのは『恥ずかしい』と思う」コミュニケーションができるかだ!

熱供給事業の組み方

Austriaでは1500ヵ所以上の木質バイオマス熱供給事業が成立している。これは1対1でボイラを稼働させるのではなく、熱導管を0.5~数km程度敷設して、大きなボイラ(1000kW~)を稼働させた地域熱供給システムのことだ。

地域ぐるみで計画するわけで、1/3が公的補助金、1/3が資本金(投資)、1/3が銀行借入、が標準だ。1/3の資本金はマネジメントをする企業責任者(CEO、COO)に加え、燃料チップを供給する自伐農家・林家が出資する場合が多い。自伐林業では一般的に大きな重機は持たず、ウインチで丸太を集材して、丸太のまま乾燥させて、チップ化してボイラ横のサイロに投入する役割を持つ。

例えば、2000kWクラスの木質バイオマスチップボイラだと、年間に4000トン(<40%-wb)程度の燃料チップを必要とする。丸太でいえば5000立方メートル超となる。これに対して自伐林家は10人程度、3~4人でチームをつくり、チーム間の協調で計画的な燃料投入を担保する。注目すべきは「チップの品質」に対するチーム責任があることだ。燃料チップは水分比率、粒形や樹皮の混入度合い等によって品質が変わってくる。チームのうち1人が品質を落とした場合、チームの共同責任になる。チームは品質を落とさないようにコミュニケーションをとり、相互チェックをする。チーム間で品質競争をすることで、全体の品質が落ちないどころか、品質が向上する方向になる。

出典:富山県西部森林活用事業検討協議会 20250606総会 基調講演資料(Austria大使館:ルイジ・フィノキアーロ資料)より

日本で導入された木質バイオマスチップボイラの稼働率は低い。大きな理由の一つに「チップ品質」がある。品質を落とすことでコストダウンの方向となるので、含水率や粒形の均一化が甘くなる。燃料チップのサイロ投入~ボイラ投入における詰まり、燃焼バランスの崩れなど、チップ品質の変化は安定稼働の大きなリスクになっている。

先行するAustriaでの「相互協調と監視、そして協調」は、とても合理的に感じる。燃料チップ供給者が熱供給事業に出資をする場合がある。出資の有無、出資比率に応じて燃料チップ供給料金を変動制、つまりたくさん出資している燃料供給者にチップ単価を上げるという工夫を実施している事業者もいる。資本主義社会においてあるべき正当な「競争」を見習いたい。このような社会文化背景が多くの木質バイオマス熱供給事業普及の基礎となっている。(株式会社アルファフォーラム・代表取締役社長、プラチナ森林産業イニシアティブ・ステアリングコミッティー 小林靖尚)

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