"Structuring and networking knowledge" to solve human problems
Updated by 小宮山 宏 on October 03, 2025, 8:00 PM JST
Hiroshi KOMIYAMA
(一社)プラチナ構想ネットワーク
東京大学工学部化学工学科教授、工学系研究科長・工学部長、東京大学理事・副学長、東京大学総長(第28代)を経て、2009年三菱総合研究所理事長に就任。2010年プラチナ構想ネットワーク会長(2022年 一般社団法人化)。その他、STSフォーラム理事長、一般社団法人超教育協会会長、公益財団法人国連大学協力会理事長、公益財団法人国際科学技術財団会長、市村地球環境学術賞審査委員会委員長、脱炭素チャレンジカップ実行委員長など。また、ドバイ知識賞(2017年)、イタリア連帯の星勲章(2007年。)や「情報通信月間」総務大臣表彰(2014年)、財界賞特別賞(2016年)、海洋立国推進功労者表彰(2016年)など、国内外の受賞も多数。
現在、人類は二つの本質的な危機に直面しています。一つは、地球の生存基盤に関わるCO2問題(気候変動など)であり、これは私がプラチナ構想ネットワーク会長として「2050年カーボンニュートラル」を掲げ活動する根幹です。もう一つは、知の基盤としての「脳」に関わる、すなわち生成AIの問題です。これらは、私が理事長を務めるSTSフォーラム(科学技術と人類の未来に関する国際フォーラム)においても主要なテーマとして取り上げます。10月5日から7日まで京都で開催されるSTSフォーラムでは、「2030年以降のAI」や「AIと未来の大学」といったセッションを通じて、国境や専門分野を超えた議論が展開されます。
私たちがこれらの難題に立ち向かう上で、克服すべき大きな課題が、現代の「知」が抱える構造的な問題です。個々の専門家が持つ知識は高度に専門化しており、あたかもハリセンボンの鋭い針のようです。針一本一本(専門分野)は極めて高度ですが、全体像の理解が乏しく社会課題解決につながりにくいのが現状です。この細分化は、私の元職である東京大学ですら深刻で、学部長に就任した際にも自分の学部の誰が何をやっているのか把握が難しいと実感していました。
この「知識の細分化」という課題感は、半世紀以上前に私が修士課程にいた頃から持っていました。自分の研究と同時に行っていた専門分野のジャーナルの論文まとめの発表をこなすために、大変な苦労をしました。専門性が狭くなることで、研究成果の評価システムにも影響が生じています。過去に行われたある実験では、トップジャーナルに再投稿された論文を査読者が気づかないケースが多発し、専門家の専門がいかに狭く・高度になっているかが浮き彫りになりました。
この状況に対し、私は1990年頃、東京大学工学部長時代に「知の構造化プロジェクト」を立ち上げました。私が提唱する「知の構造化」とは、「誰かが持っている既存の知識を最適に動員すれば、すべての現実的な課題は解決できる」という仮説に基づき、細分化された専門知を全体像の中で関連付け、整理することです。当時目指したのは、現在のデジタルツインに相当する「仮想地球」や「仮想人間」の構築でした。しかし技術的な制約などからプロジェクトは壁にぶつかりました。
現実の難課題を解決するためには、専門分野を超えた連携が不可欠です。工学部長時代、部内の研究テーマをアンケート調査したところ、驚くべきことに、テーマの約3割が人体に関係していることが判明しました。これは時代の変化により、工学が従来の「ものを作る」という目的を超え領域が拡大してきたことを示唆していました。
この実態を知り、医学部との連携、すなわち医工連携を推進しました。単に形式的に会議を開くだけでは、自分の「針の先」(専門)に閉じこもったままでは成果は出ません。私は、委員が泊まり込みで集まり、夜通し活発な議論をし、翌朝までに事務方が議事録をまとめて再議論するという合宿形式の企画委員会を導入しました。これは、人と人とのコミュニケーションを通じて本質的な課題を議論する場が必要だと痛感していたからです。
そして「知の構造化」は、生成AIの登場によって状況が根本的に変わったと感じています。私自身も生成AIを積極的に活用しています。生成AIの最も本質的な役割は、「全く自分の知らない分野の情報をまとめることができる」能力だととらえています。例えば、2050年脱炭素社会の実現に向けた課題は、科学技術的なものに留まらず、法律的、組織的、制度的、行政的、文化的なものなど多岐にわたります。人間が一つ一つを整理するのは困難ですが、AIを使えば、これらの複雑な課題群を一挙に構造化し、克服すべき全体像を提示することが可能になりました。
ただし、生成AIは発展途上であり、ハルシネーション(まことしやかな嘘)の問題もあるため、現時点では注意が必要です。またAIの開発者たちが設計を通じて、その意図(思い)を強くシステムに反映させています。利用者は、単に便利なツールとして使うのではなく、主体的にAIの構造と特性を理解し、利用する態度が求められます。
私は、生成AIに対してあえて「分をわきまえろ」とプロンプトに指示を入れるという使い方を試しています。これは、AIがユーザーに迎合しすぎる傾向がある中で、その振る舞いを調整し、人間とAIの関係性を理解するための実験的なアプローチです。社会全体としてAIの構造を理解し、主体的な利用を推し進めることが、安易な規制よりも重要だと考えます。
AIがいくら進化しても、人間の深い専門分野、すなわち「ハリセンボンの針の先端」における研究においては、2050年になってもAIに置き換えられない部分は残るでしょう。専門家は引き続き必要です。しかし、AI時代に本当に求められるのは、この深い専門知と教養(幅広い知識)の融合です。
私が考える教養とは、経済や技術など各分野固有のモデルの「前提」を理解し、議論できる力です。専門家は自分の細部の知識に没頭しがちですが、その専門知識が依拠している大前提が間違っていれば、全てが崩壊します。
例えば1995年の阪神・淡路大震災では、それまで安全だと信じられてきた高速道路などが倒壊しました。強度の計算ミスをしたのではなく、設計の基礎とした「計算の前提」(想定される揺れ方)が間違っていたことが問題でした。前提は常に変化し、アップデートされるべきものです。経済や法律といった前提に関わる領域を「専門家に任せとけばいい」という態度は、今の時代は危険です。
我々が目指すべきは、2050年の脱炭素社会という理想のビジョンから逆算する「バックキャスティング」です。全体構造の理解が伴わない個別の活動だけでは不十分です。
解決策は、細分化された専門家(ハリセンボンの針)が、それぞれの「城」に閉じこもるのではなく、前提を議論するための場を増やし、集合知を結集させることです。生成AIを強力なツールとして活用し、高度な専門知を構造化する。そして、その知の構造の中で「課題の前提」を議論できる教養を持った専門家集団が連携する。これこそが巨大な力を生み出し、2050年に向けた難題を解決する道筋であると確信しています。(プラチナ構想ネットワーク会長 小宮山宏)
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