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桜の木の下でお酒を飲みたくなる理由は 樹木に願いや想いをこめて「食」とつなげる日本人160

The reason why people want to drink under the cherry blossom trees is because Japanese people connect food with trees and give their wishes and feelings to them

Updated by 小倉朋子 on October 21, 2025, 5:37 PM JST

小倉朋子

Tomoko OGURA

株式会社トータルフード/日本箸文化協会

(株)トータルフード代表取締役 食の総合コンサルタント/東証上場企業2社の社外取締役/亜細亜大・東洋大学・東京成徳大学兼任講師/食輝塾主宰/日本箸文化協会代表ほか/トヨタ自動車広報部に勤務後、国際会議ディレクター、海外留学を経て現職。飲食店、食品関連企業のコンサルティング、メニュー開発のほか、諸外国の食事マナーと総合的に食と生き方を学ぶ教室「食輝塾」を主宰。「食と心」を柱に、トレンド(分析、開発)から食文化、マナー、栄養、健康経営、食環境とメンタルまで、あらゆる食の分野に精通、専門が幅広いのが特徴。「箸文化と儀式」「日本の箸と特異性」「割箸と外食産業」について学術論文、箸に関する著書、監修多数。世界で唯一の日本箸文化の研究者といわれる。 トータルフード公式サイト 日本箸文化協会サイト

神社や寺へお参りに伺うと樹齢云年という長寿の大木にご自分の手を当てている人を見かけます。樹木は雨露や空気中の水分、土からの養分等だけで何年も生き続けているので、その生命力と神秘な力を分けてもらうために身体の一部を触れさせるのでしょう。

神様の御膝元でお酒を飲む

この行為には、そもそも樹木が生きている、という概念のもと、樹木に対しての敬意とともに、神事との繋がりをもっているという考えがあるといわれています。前回前々回と、「日本は箸の素材に願いを込めたり縁起をかついだりしている」と書きましたが、樹木に願いや想いを込めて食につなげる事例は、箸に留まりません。

桜の木を例に挙げてみましょう。「なぜ日本人は桜の木の下で宴会をしたがるのでしょうか」。海外にも桜の名所と言われる場所は数多くあります。それでも酒盛りはしていません。屋外での飲酒が禁止されている場所が多いからというのが基本的理由にあるのですが、それだけでしょうか。桜以外の花には、日本人も鑑賞は楽しむものの場所を確保してまで宴会をする、アルコールを飲みたい、という欲求はほとんどありません。飲酒だけでなく、桜への共感や関心は並々ならぬものがあり、桜には特別な感情があるといっても過言ではないでしょう。

古より桜の木には神の魂が宿ると信じられており、精霊の木と考えられていたようです。そのため神様の御膝元でお酒を飲む習慣ができたという説もあります。日本酒は大和言葉の由来で神事においては「お神酒(おみき)」とも言われます。“おみき”の“お”は神様にまつわるものという意味があります。また“み”も同じで神様を表します。“き”については、古語で「酒」を意味するとする説のほか、民俗学的には「日常の食=ケ」と同源で“食事”を指すと考えられています。つまり「おみき」は“神様にささげる食事=お酒”という意味になるのです。

ですので神宮や神社の祭事では今でも日本酒を神様に供しますし、大衆の祭においても日本酒が欠かせないのはそのためです。いわば神様の魂が宿る樹木の神様の御膝元で、神様とともに食事をさせていただくのが「桜の木の下の宴会」なのです。

柏餅に柏の葉を使う理由は

和菓子にも樹木が使われます。初夏の銘菓の柏餅は柏の葉でくるまれています。柏の葉は抗菌効果があるため冷蔵庫の無い時代の腐敗防止の助けになっていました。そうした合理的な理由に留まらず、柏の木は落葉樹ですが、古い葉が春の新芽が出るまで枝に残るという特徴があり、常緑のように見えることから「家系が絶えない」縁起木とされてきました。このため子どもの日の儀式に食べて「枯れない心で育つように」「健康で育つように」などの願いを託したのではないかと考えられます。

海外にも木々と食を繋げることはあります。例えば、フランスのXmasケーキは、切株をイメージした「ブッシュドノエル」が定番です。フランスの冬は寒いためストーブの乏しい時代は暖炉が欠かせなかったようです。そのため暖をとるために必須の切株がモチーフになったといわれています。ですが、一般的にフランス人にとって切株はあくまでも人間にとって大事な「道具」「モノ」であり、日本の樹木への感覚とは異なるように思えます。

日本人は神と食を繋げて捉えてきましたし、さらに自然崇拝や自然との一体化、輪廻などの感覚をもっていたことから、樹木の生命力や神聖な力と食べる行為を結び付けて考えていったのは自然な流れと思えます。こうした感性は日本独特なものですが、近年では日本人の間でも失われつつあります。(株式会社トータルフード代表取締役・日本箸文化協会代表 小倉朋子)

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