Belief in "native forests" and extensive reforestation practices both at home and abroad
Updated by 長澤 光太郎 on January 23, 2026, 9:49 PM JST
Kotaro NAGASAWA
(一社)プラチナ構想ネットワーク
1958年東京生まれ。(株)三菱総合研究所でインフラストラクチャー、社会保障等の調査研究に従事。入社から数年間、治山治水のプロジェクトに携わり、当時の多くの河川系有識者から国土を100年、1000年単位で考える姿勢を仕込まれる。現在は三菱総合研究所顧問。学校法人十文字学園監事、東京都市大学非常勤講師を兼ねる。共著書等に「インフラストラクチャー概論」「共領域からの新・戦略」「還暦後の40年」。博士(工学)。
※前回のコラムはこちら
森林を放置したらどうなる…「潜在自然植生」という視点 宮脇昭『植物と人間〜生物社会のバランス〜』を読む(前編)
ひとつの土地に注目すれば、さまざまな群落が、人間の活動を含めた外部環境と相互に関係しながら、先駆植物群落から遷移を経て、最終的にはその場所の気候条件、土壌条件などと釣り合いの取れた、終局群落に到達する、と『植物と人間』は言う。終局群落に向かう遷移を進行遷移という。潜在自然植生とは、自然に対する人為的な働きかけを一切停止したと仮定した場合に、その土地が向かう終局相である。
人間の手が入っていない植物群落(これを原植生と呼ぶ)はほとんどない。著者らの調査によれば、日本国内で原初の植生をとどめている土地の面積はなんと「0.6%」だ。これからの、あるべき自然の姿は、いったん人間の手が入ってしまった現状(これを現状自然植生と呼ぶ)を認めた上で議論するほかない。
潜在自然植生は、人間の手が入らないままの原植生、人間の手が入った現存植生に追加された第三の植生概念だという。
潜在自然植生は、原植生と同じとは限らない。例えばスダジイなどの常緑広葉樹林が人間活動で破壊され、土壌まで流出してしまえばもはや元には戻らず、潜在自然植生は、痩せた土地でも生長するアカマツ林と見なされる場合がある。
潜在自然植生の考え方は、1960年代から世界に広まり、アメリカ、ソ連(当時)、東欧諸国などで全国的な潜在自然植生図が作成された。日本では、宮脇氏らが全国を踏査して「日本の潜在自然植生図」をまとめている。労作としか言いようがない。三大都市圏から中国地方以西は常緑広葉樹林域、中部地方山岳地帯から東北地方一帯が夏緑広葉樹林域であることが、鮮やかな対比を見せている。『杉のきた道』では、スギは日本で生き延びたと書かれていたが、潜在自然植生の観点からは、スギを含む針葉樹林の存在感が極めて薄い。
この図は、どのようにして作成されたのだろうか?『植物と人間』にその方法論の一端が記されている。「潜在自然植生図の作製には、残存自然植生の断片、残存自然木、代償植生、マント、ソデ群落などの植物的手がかりの他に、土壌断面、産業形態、土地利用の形態など、多面的な測定価から総合的に個々の植生が判定される。したがって、熟練した研究者群と相当の経費と時間がかかる。」氏の他の著作を読み併せると、出発点は現存植生図の作成だ。これを綿密に作成した上で、土地条件や社会条件を評価判定し、将来シナリオを描く。確かに、職人的熟練が要求される仕事だと思う。

宮脇氏は、このような学問的・実践的積み重ねの上に立ち、国内でも海外でも潜在自然植生の実現に努めた。世界中で4千万本の植樹をおこなったとされている。それは、土地に根ざした植生を実現することが、災害に強く、活力に満ちた地域を創造する上で不可欠だとの信念に基づく活動だった。氏の著作『見えないものを見る力』(藤原書店2015年)には「災害に強いのは、土地本来の本物の木です。本物とは、管理しなくても長持ちするものです」とある。
私は、生前の宮脇氏に一度だけお目にかかったことがある。20年ほど前、たまたま広葉樹の植林活動に関心を持ち、若手同僚と二人で横浜の事務所を訪ねたのだ。氏の熱い思いを、私はとても興味深く聞いた。よほど真剣に聞いていたのだと思う。突然、古武士のような佇まいの宮脇氏が、私の目を睨むように見てこう言ったのだ。「私は来週から中国へ植林に行く。君もぜひ来たまえ!」
一瞬、気持ちが高揚した。どう答えようか考えた。頭の中に「進行中のプロジェクトどうする」「家族や会社への説明は」「航空券取れるのか」等々の小市民的思考が浮かび、高揚感を押し戻そうとする。自分がどのような表情をしたのかわからない。沈黙の数秒間があった。そして宮脇氏は、そっと視線を外し、何事もなかったかのように元の話に戻った。
宮脇氏の別の著書『いのちを守るドングリの森』(集英社新書2005年)にこんな一節がある。1960年、ドイツ留学からの帰国にあたり、ドイツの行政人から日本自然保護協会の田村剛博士を訪ねてほしいとの依頼があり、早速出向いたところ田村博士から「よく来てくれた。当協会は大学などより将来きっと重要になる。宮脇くん、ぜひ明日から来てくれたまえ!」と熱心に誘われて戸惑ったというのだ。結局週2回、非常勤の形で協会が軌道に乗るまでお手伝いしたという。熱い世界である。
本書は、宮脇氏の強烈な個性と、1970年という時代の空気が重なり合った、特殊な熱気を孕む書物である。とにかく熱いのだ。そして「人間は自然のいち構成員に過ぎない」「生物界の主役は植物だ」など、発刊から56年後の現在でも、考えさせられる内容を多く含んでいる。人間は、多少脳みそが働くかもしれないが、思い上がってはならない。自然を軽く見るな。もっと自然の声に耳を傾けよ。私は、そんなメッセージを受け取る。
その中で、おそらくプラチナ構想ネットワークとも響き合う一文があったので、それを引用して締めくくりにしたい。
「もしわれわれが国土の自然要因、とくに緑の自然植生との共存の原則に立って、慎重に利用したならば、限られた日本の国土の自然は、日本民族のかけがえのない将来への発展の基盤として、われわれの健全な生存を保証するばかりでなく、輝かしい未来を約束してくれるであろう。」(本書116頁)
(プラチナ構想ネットワーク理事 長澤光太郎)
※注
本書は1970年に刊行されており、本文中の学術用語や知見の一部は、当時の研究状況に基づく表現となっています。
【著者について】
生態学者。1928年岡山県生。広島文理科大学生物学科卒業。理学博士。ドイツ国立植生図研究所研究員、横浜国立大学教授、国際生態学会会長、公益財団法人地球環境戦略研究機関国際生態学センター長等を歴任。著書に『日本植生誌』全10巻(至文堂1980年-1996年)、『緑環境と植生学−鎮守の森を地球の森に』(NTT出版1997年)、『いのちを守るドングリの森』(集英社新書2005年)、『木を植えよ!』(新潮社2006年)、『鎮守の森』(新潮文庫2007年)、『見えないものを見る力』(藤原書店2015年)など多数。2021年没。