Three areas to create the future / “Circular circle” to cut down trees, utilize them, and fix them in the city
Updated by 小宮山 宏 on June 02, 2025, 5:20 PM JST
Hiroshi KOMIYAMA
(一社)プラチナ構想ネットワーク
東京大学工学部化学工学科教授、工学系研究科長・工学部長、東京大学理事・副学長、東京大学総長(第28代)を経て、2009年三菱総研研究所理事長に就任。2010年プラチナ構想ネットワーク会長(2022年 一般社団法人化)。その他、化学工学会会長(2002年度)、国立大学協会会長(2007年度)、一般社団法人超教育協会会長、公益財団法人国連大学協力会理事長、市村地球環境学術賞審査委員会委員長などを歴任。
森林を守るために、木を伐る――。そう聞くと、直感的には矛盾しているように思えるかもしれません。しかし、先に見てきたように、木は成長とともにCO2の吸収力を落としていき、老いていくと、かえって炭素の貯蔵庫としての機能を失ってしまいます。そこで必要になるのが、「伐る→使う→植える→育てる」という再生のサイクルを回すこと。つまり、木材を社会の中で使い切りながら、森を再生していく循環の輪を築くことが、森林を資源として活かす鍵になるのです。このサイクルを実現するために、林業・バイオマス化学・木造都市という三つの領域が連携して動き出しています。これらは、プラチナ森林産業イニシアティブの中核を成すものです。大切なのは、どれか一つでは循環が成立しないという点です。木を伐る(林業)だけではサイクルは回らない。伐られた木を使い切る“需要の受け皿”が、バイオマス化学と木造都市なのです。
林業は、森林という資源に最初に手を入れる“入口”です。森林資源を使うためには、まず伐る必要があります。しかし現在の日本では、この「伐ること」そのものが大きなハードルになっています。理由のひとつは、経済的な採算性の低さ。海外から安価な木材が大量に入ってくるなかで、国内の木材は価格競争力を失い、林業の収益性は著しく落ち込んでいます。加えて、山の所有者が不明だったり、分割されすぎていたりすることで、大規模な管理が難しい現状もあります。担い手の高齢化、作業道の未整備、林業機械の不足なども拍車をかけています。それでもなお、私たちは林業を動かさなければなりません。なぜなら、森林の再生と炭素の吸収を続けるには、伐って、植えて、育てるという“手入れ”が不可欠だからです。しかも今、日本の森林はちょうど「伐るべき時期」を迎えています。戦後に一斉に植えられたスギやヒノキは、すでに伐期に達しており、木材としての価値も高くなっています。まさに「動かさなければ損」なのです。
そのためには、まず“伐る理由”と“伐った後の出口”が社会に理解され、需要が明確に見えることが必要です。林業は、それ単独では自立しづらい産業ですが、バイオマス化学や木造建築など、他の領域と連動することで収益の構造を取り戻せる可能性を持っています。プラチナ森林産業イニシアティブでは、所有者情報の整備、地域単位での土地集約、施業の省力化、そして需要側との接続といった観点から、林業を“再起動”させるプラットフォームづくりが進められています。
林業で伐った木は、どう活かされるべきでしょうか。もちろん、建材や家具といった用途もありますが、それだけでは膨大な森林資源の受け皿としては不十分です。そこで重要になるのが、「木を“化学資源”として使う」という考え方です。この領域はバイオマス化学と呼ばれ、近年急速に注目が高まっています。木材の中には、セルロースやリグニンといった有機成分が多く含まれています。これらは、石油から作られていた化学製品――たとえばプラスチックや合成繊維、接着剤など――の代替となる原料になりうるのです。特にリグニンは、これまで木材パルプ製造の副産物として大量に発生し、あまり活用されてこなかった成分です。しかし現在では、このリグニンをバイオプラスチックの原料として活用する技術が開発され、実用化に向けた取り組みが進んでいます。
さらに、バイオマス化学は「脱炭素社会」の実現にも直結します。なぜなら、植物由来の素材は、成長過程でCO2を吸収しているため、加工・使用後に燃やしてもカーボンニュートラル(排出と吸収が相殺される)になるからです。加えて、化石資源を使わずに製品を生み出すことは、資源の多様化=経済安全保障にもつながります。バイオマス化学の発展には、技術革新だけでなく、安定した原料供給=林業との連携が不可欠です。そして、生成された素材を活かす「出口」――つまり建材、部材、消費財といった産業としての需要の場が必要です。その意味で、林業・木材加工・化学工業という異分野が森林を介して“接続”される時代が、今、始まりつつあるのです。
そして、森林資源の循環を完結させる3つめの大きな輪が「木造都市」です。これまで、都市はコンクリートと鉄でできているのが当たり前でした。しかし、近年では「CLT(直交集成板)」や「LVL(単板積層材)」などの技術革新により、木でも高層建築が可能になってきました。実際、世界では10階を超える木造ビルが次々と建設されています。この木造都市構想がもたらす最大の価値は、都市そのものが炭素を固定する貯蔵庫になるという点です。建材として使われた木材は、数十年~100年以上のあいだ、炭素を社会の中に留め続けます。つまり、山で吸収されたCO2が、都市に「定住する」のです。
また、木造建築はエネルギー消費の少ない“低環境負荷”な建築方式でもあります。断熱性に優れ、施工時の騒音や廃材も少なく、自然との共生を感じさせる都市環境の形成にも寄与します。木造都市の拡大は、林業にとっても極めて重要なポイントです。なぜなら、高品質で大量の木材需要が新たに生まれるからです。需要がなければ、林業は回りません。都市部での木造建築の普及は、森林資源の“出口”を担うと同時に、“需要の創出”という意味で林業を支える役割を果たします。そして、ここで使われる木材には、地域産材を活用することが推奨されています。これは、都市と地方をつなぐ“資源のパイプ”を再構築することでもあります。
この三つの領域――林業、バイオマス化学、木造都市――は、独立した産業ではなく、相互に支え合う循環のシステムです。どれか一つが止まれば、他も成り立たなくなります。木を伐っても、使い道がなければ林業は続きません。技術があっても、供給がなければ製品は生まれません。建材にするには、安定した品質と供給体制が必要です。
だからこそ、プラチナ森林産業イニシアティブは、この三領域を同時に動かし、社会全体を森林循環に接続することをめざしているのです。
いま、日本の森は静かに眠っています。手入れをされず、伐られもせず、育てられることもないまま、ただそこにあるだけの森林が広がっているのです。でも本当は、こうした森林はもっと動ける。もっと働ける。もっと、社会を支える存在になれる――。そう私たちは信じています。そして、それを“動かす”ために始まったのが、プラチナ森林産業イニシアティブです。ここまで見てきたように、日本には豊かな森林があり、技術もあります。木を伐る林業、素材へと変えるバイオマス化学、都市に固定する木造建築――すべてのピースは揃っているのです。
それなのに、まだそれらは「つながっていない」。それぞれが単発で動いていて、全体としての大きな循環になっていない。だったら、つなげようじゃないか。回そうじゃないか。森からはじまる循環を、社会の仕組みにしていこうじゃないか――。この発想を原点に、プラチナ森林産業イニシアティブが動き出しました。
このネットワークは、単なる連携の枠組みではありません。2050年という明確な未来に向けて、日本を“資源自給型国家”へと転換させることを本気で目指す、壮大な社会プロジェクトです。参加しているのは、全国220を超える自治体、170を超える企業・団体。民間も、行政も、学術界も、手を取り合い、地域の資源を最大限に活用する“循環の実験”に取り組んでいます。まだ大きな取り組みにはなっていないかもしれません。けれど、それぞれがつながったとき、日本全体が「使いながら守る社会」へと動き出す可能性を秘めているのです。
この構想の核にあるのは、「自然と共にあることを、豊かさに変える」という発想です。木を伐って使うことも、エネルギーを地域でつくることも、資源を育てることも――すべてが、「地球を守るために我慢しよう」ではなく、「もっと快適に、もっと楽しく、もっと賢く生きるために」行う選択肢として、提示されています。
森林は、日本の希望です。地下から掘ってくる資源が終わりを告げようとしている今、私たちは地上に目を向けるときがきました。地元にある森を使い、木を新しい価値に変え、炭素を都市に固定する。その一連の循環が、地域を元気にし、国全体をしなやかに支える“未来の基盤”になるのです。
2050年まで、あと25年。もう時間は多くありません。けれど、今からなら、まだ間に合います。私たちの森を、資源として活かす社会を――この国に、つくりましょう!! (プラチナ構想ネットワーク会長 小宮山宏)