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江戸の御用調達商人による流通支配で地方の森林資源に打撃 徳川林政史研究所『森林の江戸学』を読む(前編)051

Control of distribution by Edo government procurement merchants dealt a blow to local forest resources

Updated by 長澤 光太郎 on June 18, 2025, 2:43 PM JST

長澤 光太郎

Kotaro NAGASAWA

(一社)プラチナ構想ネットワーク

1958年東京生まれ。(株)三菱総合研究所でインフラストラクチャー、社会保障等の調査研究に従事。入社から数年間、治山治水のプロジェクトに携わり、当時の多くの河川系有識者から国土を100年、1000年単位で考える姿勢を仕込まれる。現在は三菱総合研究所顧問。学校法人十文字学園法人本部長補佐、東京都市大学非常勤講師を兼ねる。共著書等に「インフラストラクチャー概論」「共領域からの新・戦略」「還暦後の40年」。博士(工学)。

私はコンラッド・タットマンの著書を読んで、日本の森林は江戸時代初期の乱伐でほぼ崩壊してしまったが、我々の先祖たちが叡智を結集して全国的にそれを復活させたという育成林業成立の物語を知った。その軌跡は世界史的にも極めて貴重であるらしい。もう少し、そのことを知りたい。そんな気持ちに応えてくれる一冊が徳川林政史研究所の『森林の江戸学』(東京堂出版、2012年)である。

島崎藤村も所蔵資料を利用し執筆

徳川林政史研究所とは、その名の通り尾張徳川家の子孫の方が大正時代に設立した民間研究所である。江戸時代の林政に関わる資料を幅広く収集管理し、それらを利用しつつ江戸時代から現代に至る全国各地の森林の歴史を産業史あるいは政策史の観点から調査研究し発表している。作家の島崎藤村は同研究所に足繁く通い、所蔵資料を利用して『夜明け前』を執筆したのだそうだ。

『森林の江戸学』は総論にあたる「概説編」、各論あるいは辞典としても読める「基礎知識編」の二部構成である。太田尚宏氏が執筆した概説編の流れは「乱伐と抑制の17世紀」「植林と育成の18世紀」「保続と活用の19世紀」であり、タットマンの著書と大きくは変わらない。そして現代林業の課題まで視野に入れた熱量の高い論考である。以下ではその「概説編」を中心に、私が強い印象を受けた箇所をいくつか紹介したい。

17世紀における鬼のような林産物市場化

秀吉と家康による全国統一は、物財の全国的な流通網整備を促進した。これは木材も同様で、17世紀には城下町の発展や人口増、寺社などの社会資本整備、そして木造都市における火災の頻発などにより全国を結ぶ木材流通は拡大の一途を辿った。

流通を担う産業も発展した。大消費地である江戸、大坂、名古屋などに材木商が現れ、大規模な公共事業(寺社の新規建立など)の造営材調達を請け負う「御用調達商人」として幕藩と関係を深め成長した。その代表例が紀伊國屋文左衛門(紀文)で、幕府要人への貸付けなどで幕閣との関係を結び、江戸城修築や寺社造営の御用材調達を請け負った。バブル経済とも言える元禄時代(1688-1704年)、その活動は頂点に達したようである。しかし流通資本が森林資源を仕切ることには大きな弊害があったと本書は指摘する。

その一例が紀文による元禄5年(1692年)からの大井川上流(静岡県)における御用請負である。この時、紀文は伐木・造材を行う「杣(そま)」や運材を担当する「日用(ひよう)」と呼ばれる職人たちを、すべて自分たちが雇用した他所者で固めてしまい、利益の地元還元を行わなかった。地域事情を知らない杣や日用は、老齢の巨木だけでなく将来の森林維持のために必要な若木まで伐採した可能性があると本書は指摘する。

別の江戸木材商人が飛騨地域で請け負った伐り出しには地元の村々が強硬に反対した。その腹いせに江戸商人は、御用材だけではなく、請負内容にはない売木の伐り出しまで行い、小木・苗木まで悉く伐り捨てたという。このため飛騨国内では、請負終了後の山々を留山(伐木禁止)にせざるを得ないほど、森林資源が大きな打撃を受けたと本書は記す。

木材の全国的な流通網の発展期において、このように傍若無人な政商たちの振舞いがあったこと、その結果、日本の森林資源が大きな損失を被ったことは認識しておいてよい。

「山林書」は地方行政官が執筆した

育成林業の全国的な普及には、各地域で編纂された植林の技術書である「山林書」の存在が大きかった。

元禄期以降、小農経営をより充実させる目的で農産物の栽培技術を記した「農書」が多数登場した。その著者には農民出身者が多かった。林業も当初はその中で扱われた。代表例に宮崎安貞『農業全書』がある。

その後、林業を単独で扱う「山林書」が現れたがその数は少ない。事例として、輪伐を詳しく論じた萩藩『弍拾番山御書付』、亜熱帯林の天然更新などを扱った琉球王国の『林政八書』、寒冷地でのスギ植林方法を記した盛岡藩の『山林雑記』、実生苗の育成方法に詳しい黒羽藩の『太山の左知』などがある。これらの各藩は、地域の自然・社会・市場などの条件に合わせた造林や計画的な伐採に関する技術を、体系的に記したのである。黒羽藩の場所は現在の栃木県大田原市周辺である。同藩は植林先進地域である吉野(和歌山県)の技術も参照しながら、安易に模倣せず地域特性に適した技術の確立を目指したとされる。

山林書の編纂は、このようにもっぱら地方行政(藩)が担っていた。これは立派な地域産業政策であり、結果として山林が全国的に復活したとすればボトムアップの取り組みは大成功だったといえるだろう。なお徳川林政史研究所は、幕府や藩の統制のもとに御用材生産を行う「領主的林業地帯」、具体的には東北地方や中部地方の事例が研究の中心である。このため「山方農民」が担い手となった吉野、尾鷲、青梅、西川などの「農民的林業地帯」に関しての記述は少ないという断り書きが「はしがき」にある。この点は留意が必要かもしれない。(プラチナ構想ネットワーク理事 長澤光太郎)

■関連サイト
徳川の歴史再発見 森林の江戸学(東京堂出版)

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