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脱炭素社会実現の鍵・リグニン利用技術の確立へ、微生物の代謝を活用する研究が活発【炭素耕作で未来を耕す】099

Research into utilizing microbial metabolism is gaining momentum to establish lignin utilization technology, a key to realizing a carbon-free society

Updated by 政井英司 on August 04, 2025, 6:35 PM JST

政井英司

Eiji MASAI

長岡技術科学大学

長岡技術科学大学 技学研究院教授 専門は応用微生物学、リグニン由来芳香族化合物の微生物代謝系解明を進めている。得られた知見を基に、リグニンからの有価物生産に資する微生物株の開発に取り組んでいる。

脱炭素社会の実現には、石油への依存を減らし、持続可能なマテリアル原料を確保することが不可欠である。この課題に対して、植物細胞壁の9〜32%を構成するリグニンが大きな注目を集めている。リグニンは、年間約200億トン生産されており、そのうち製紙・パルプ工場から排出される未利用の廃リグニンだけでも、年間約1億トンに上るとされる。この豊富な芳香族高分子であるリグニンは、年間約4億トン生産されるプラスチックの有力な代替原料として大きな期待が寄せられている。しかし、リグニンはその構造の複雑さゆえに利用法の確立は容易ではなく、現在も多くの技術開発が進行中である。リグニン利用技術の確立は、石油に代わる新たなマテリアル原料を供給し、脱炭素社会への移行を加速させる重要な鍵となる。

リグニンの有効利用法として注目されるバイオロジカルファネリング

近年、リグニンの有効利用法として、その複雑な高分子構造を化学的に低分子化し、さらに微生物の代謝能力と組み合わせることで、リグニンから特定の有価物を生産するシステムの開発が米国を中心に活発に進められている。米再生可能エネルギー研究所のグレッグ・ベッカム博士らは、微生物の代謝能を活用してリグニンの分解によって生じる雑多な芳香族化合物をポリマー原料等の有価物に収束・変換する技術を「バイオロジカルファネリング (biological funneling)」と呼び始めた。

ポリマー原料として期待される微生物の中間代謝物としては、リグニンの酸化分解によって得られるバニリンからバニリン酸を経由して生成するプロトカテク酸(PCA)の代謝産物などが挙げられる。バクテリアでは、PCAは、2,3-、3,4-、4,5-位のいずれかの位置で芳香環開裂を受け代謝される。この中で以下のジカルボン酸がポリマー原料として注目される。

・4,5-開裂経路の中間代謝物2-ピロン-4,6-ジカルボン酸 (PDC)
・3,4-開裂経路の中間代謝物β-ケトアジピン酸 (β-KA)
・真菌の3,4-開裂経路の中間代謝物3-カルボキシムコノラクトン (3CML)
・PCAの脱炭酸で生じるカテコールの中間代謝物cis,cis-ムコン酸 (ccMA)

化学的な低分子化処理とバイオロジカルファネリングを組み合わせたリグニンからのポリマー原料生産

日本発バイオロジカルファネリングの展開

「バイオロジカルファネリング」のコンセプトは、日本におけるリグニン由来芳香族化合物からのPDC生産とPDCポリマーの開発研究から生まれた。2000年前後より、東京農工大学の片山義博教授を中心に、森林総合研究所、そして長岡技術科学大学が共同研究を推進した。現在、代謝改変されたPseudomonas putida株を用いることで、バニリン酸を原料とする発酵生産において、約100 g/LのPDC生産が達成されている。

PDCポリマーの開発も並行して進められ、東京農工大学の重原淳孝教授のグループがこの研究を牽引した。PDCはピロン環に2つのカルボキシ基が置換された擬芳香族化合物である。その4,6-位のカルボキシ基を二官能性のモノマーと重縮合させることで、ポリエステルなどの高分子を生成できる。ポリエチレンテレフタレート(PET)のテレフタル酸をPDCで代替すれば、バイオマス由来のポリエステルが得られる。さらにホットプレス処理により溶媒不溶な高分子量体のフィルムの製造も可能である。

現在も、当時からの研究参加者である東京科学大学の道信剛志教授がPDCポリマーの開発を継続して進めている。最近の研究では、PDCポリエステルが木材に対して強い接着力を示すこと、また、生分解性を示す安全で環境に優しいバイオベースの接着剤となることが報告されている。

リグニン由来芳香族化合物代謝のモデル「SYK-6株」から得られる知見

「バイオロジカルファネリング」を通したリグニンからの有価物生産システムを確立するには、バクテリアにおけるリグニン由来芳香族化合物の代謝系に関する詳細な知見が不可欠である。当グループは、Sphingobium lignivorans SYK-6株のリグニン由来芳香族化合物代謝系を30年以上に渡り研究してきた。

SYK-6株は、製紙工場のクラフトパルプ廃液処理槽から単離されたグラム陰性菌である。この株は、G型、S型、H型のリグニン由来単量体、および様々な分子間結合を持つ二量体化合物を増殖源として利用し、生育できる特性を持つ。これまでに、これら化合物の代謝に関わる約80の遺伝子とその機能が明らかにされており、本株の代謝系は、バクテリアによるリグニン由来芳香族化合物代謝のモデルとして位置付けられている。現在、SYK-6株が持つきわめて広範なリグニン分解物への代謝能を活用した物質生産系を開発するため、本株をプラットフォームとした有価物生産株の開発を進めている。(長岡技術科学大学 技学研究院 教授 政井 英司)

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