Japanese people living with trees: Memories of forest culture etched in food, clothing, and shelter
Updated by 小倉朋子 on September 29, 2025, 4:57 PM JST
Tomoko OGURA
株式会社トータルフード/日本箸文化協会
(株)トータルフード代表取締役 食の総合コンサルタント/東証上場企業2社の社外取締役/亜細亜大・東洋大学・東京成徳大学兼任講師/食輝塾主宰/日本箸文化協会代表ほか/トヨタ自動車広報部に勤務後、国際会議ディレクター、海外留学を経て現職。飲食店、食品関連企業のコンサルティング、メニュー開発のほか、諸外国の食事マナーと総合的に食と生き方を学ぶ教室「食輝塾」を主宰。「食と心」を柱に、トレンド(分析、開発)から食文化、マナー、栄養、健康経営、食環境とメンタルまで、あらゆる食の分野に精通、専門が幅広いのが特徴。「箸文化と儀式」「日本の箸と特異性」「割箸と外食産業」について学術論文、箸に関する著書、監修多数。世界で唯一の日本箸文化の研究者といわれる。 トータルフード公式サイト 日本箸文化協会サイト
日本は「木」と「水」の国だと思っています。ですが、現代の日本人の生活スタイルを見ると「国だった」の過去形になってしまっているかもしれません。水のことは機会あれば書くことにして、生活の中の木との関係について少し書いてみたいと思います。生きていく上で必要な衣食住のうち、日本はその全てに「木」や「植物」がありました。これほど植物や木に囲まれて生活をする国は世界でも珍しいといえます。
衣食住の「衣」では、昔はある程度の位のある人は絹の着物を着ていましたが、庶民は木綿や麻などを織り重ねて着物を作っていました。木綿とは、アオイ科ワタ属の植物の「ワタ」の種子の周りに生えた繊維から作られる天然繊維のことを指すようです。また、麻は植物表皮の内側にある柔繊維または、葉茎などから採取される繊維の総称をいうようなので、どちらも植物からできています。西欧人などの衣服は、羊毛や毛皮など動物の毛や皮を用いていますが、日本では一部の雪国地域では防寒着に使用したとしても、ほとんど動物性のものは使用していません。
日除けや雨除けなどでは、「笠」が用いられました。笠は、現在の傘と帽子を組み合わせた役割をもっています。持ち手がないので両手が空いて便利です。やはり素材は竹を折ったり檜や杉など木を薄く削って折り曲げたりして作るようなので、木です。また、雪や農業で泥に埋もれないように履物として使われた「かんじき」も、竹やクロモジなどから作られます。海外にもかんじきに似た用途のものはあるのですが、やはり動物の皮を用いる国が多く、アイヌ文化では鮭の皮が使われています。
次は衣食住の「食」です。箸が木々からできていることは前回のコラムで書きましたが、箸以外の食器も陶器が普及する以前は木の素材が主流でした。お膳や折敷などの現代のテーブル代わりになるものも木製です。
最後は「住」です。木造建築は日本の代表的な家の素材です。さらに外装だけではなく内装やインテリアにも木が多く使われていました。箪笥(たんす)や物置、箱、神棚、柱、廊下、扉(木戸)など挙げればきりがないほどです。
こうして顧みると生活全てに木に囲まれていたのだとわかります。ですが、現代では重く扱いにくい木製箪笥はプラスティックに代わり、海外の様式も入り、利便性を重視した内装に変わっていきました。建築も変わりました。
漢字にも「木へん」の漢字が多数あります。まずは桜、椿、楓のような花木の名称を表す漢字、次に植物の名前ではないけれど、木材や材料を表す漢字です。例えば本、板、枠、柱、梁、栓、棟などです。そして家具や道具を示す漢字。机、棚、枕、櫛など。4つ目は橋、櫓(やぐら)、樋(とい)などといった建築や構造を表す漢字。さらに槍、楯、棒、槌、橇(そり)などの戦いに必要な道具や武器に関係した漢字です。
象徴的なものや比ゆ的な表現をする漢字で、広い視点で「木」が用いられた漢字となると、学校の校、案内の案、ケタが違うの桁、架空人物の架、核家族の核など多数です。調べると本当に沢山あるので、木に「埋もれそう」です(笑)。
木に触れるとストレス軽減やリラックス効果があることが研究でわかっているそうです。昔の日本人が忍耐強く、エキセントリックな表現も滅多にしないで穏やかであったとされることと木に囲まれていたことは関係が深いと想像できます。日本人気質は「木」との関係性の中で培われていったと考えられるのです。
海外でも木は生活の中で使うのですが、関わりはどうなのでしょう。例えばフランスのクリスマスケーキはブッシュドノエルという丸太をイメージしたチョコレートケーキなのです。ヨーロッパでは、暖炉で燃やすために大量の木材を要します。生活に便利なもの、欠かせないものとして木を大事にする感性はあるようです。そのため、寒い冬を越すための大切なアイテムなのです。ブッシュドノエルがクリスマスケーキの象徴であることもそのためです。ですが、「木に神様が宿る」と思ってきた日本とは若干感覚は違うでしょう。
木に埋もれた生活をしてきた日本人は、最後は「棺桶」に入ります。あの世へ行く時も「木」に囲まれていくのです。そして土に帰るといいますが、「木に帰る」もしくは「木と同化する」と言っても良いかもしれません。
ストレス社会と言われて久しい昨今ですが、身の回りの「木」を増やすことだけでも、リラックス効果があり、ストレス軽減に繋がるかもしれません。“生活の知恵”とはそういうことなのかもしれません。(株式会社トータルフード代表取締役・日本箸文化協会代表 小倉朋子)