France's diverse tree species selection represents a model for sustainable forest restoration
Updated by 長澤 光太郎 on October 17, 2025, 10:44 PM JST
Kotaro NAGASAWA
(一社)プラチナ構想ネットワーク
1958年東京生まれ。(株)三菱総合研究所でインフラストラクチャー、社会保障等の調査研究に従事。入社から数年間、治山治水のプロジェクトに携わり、当時の多くの河川系有識者から国土を100年、1000年単位で考える姿勢を仕込まれる。現在は三菱総合研究所顧問。学校法人十文字学園監事、東京都市大学非常勤講師を兼ねる。共著書等に「インフラストラクチャー概論」「共領域からの新・戦略」「還暦後の40年」。博士(工学)。
※前回のコラムはこちら
自然を模倣する林業を実現したフランスは広葉樹大径材を増産へ 門脇仁『広葉樹の国フランス〜「適地適木」から自然林業へ』を読む(前編)
今回は、フランス林業の特徴と、林業の日仏比較から見えてくるものについて、同書の印象深い記述を紹介していきたい。
フランスはオークで溢れている。フランス人はオークが大好きである。そう同書は語る。本文から引用する。
「大量のオークが使われた旧ノートルダムの桁梁は、1225年の完成時から組まれていたものだ」
「ガリア以来、住居に、要塞に、武具や馬具に、生活民具にと、幅広く用いられてきたのがオークだった」
「パリ郊外のフォンテーヌブローには、『ジュビターのオーク』と呼ばれる樹齢680年のオークがあった」
「フランス産オークでできた酒樽は、同じコモンオークでも、アメリカやイギリスのオークよりまろやかにブランデーを熟成させる」
「ヴェルサイユ宮殿の床の嵌木板もオーク製だ」
「ナポレオン時代のバックギャモンの盤もオーク」
「もちろん農民の鍬(くわ)もオーク」
「暖炉の木枠も、その上に飾られるマントルピースも、炉にくべられる薪もたいがいオークだ」
「タンスや食器の飾り棚も、パン工房でバゲットを焼く炭も、ビストロの看板やワインのコルクも、アンティーク家具のテーブルや肘掛け椅子もオーク」
「人生をしめくくるときも、白木のオークが棺となってあの世へ届けてくれる」
フランスの森林の約7割に及ぶ広葉樹のうち、半分以上がオークによって占められているのだという。
同書によればオークは日本のブナ科コナラ属にあたる。オークは属であり、その下の種に落葉広葉樹のナラ(楢)やカシワ(柏)、常緑広葉樹のカシ(樫)がある。フランスで多いのはナラの仲間である。
オーク材は非常に硬く、耐水性・耐久性に優れ、湿度による伸縮が少ないとされている。また木目が美しく、使い込むほどに色が深まる。以上の特性によって、家具、建材、船舶、ワイン樽などの幅広い用途に使われている。
オークには300以上の種がある。フランスは多様で豊かなオーク植生が見られる国である。フランス国内の地形、気候、土壌の分布は複雑なモザイク状であり、零細山林保有者が多いこともあって植生分布もカオス的である。大まかな傾向として、北部と西部の平野部に広葉樹、南部と東部の山間部に針葉樹が多い。西部はヨーロピアンオーク(オウシュウナラ)、パリ盆地はセシルオーク(フユナラ)が優勢で、そこから東や北の山脈にかけて広葉樹種は針葉樹と混交しながらブナへの交替が見られるという。このように、その土地に適した樹種が支配的となる分布が著者のいう「適地適木」である。
フランスの森林率(森林が国土面積に占める比率)は2023年末に約32%でドイツと同水準。日本(65%)やフィンランド(71%)、オーストリア(47%)と比較して高いとは言えない。しかしかつては乱伐により10数%にまで落ち込んだ森林被覆率を、その後の森林保護政策で3倍近くまで取り戻してきた歴史がある。現在、人口一人当たりの森林面積は0.25haで、日本の0.19haを上回る。
そしてその森林回復は、単一植樹や早生樹のみの造林ではなく、複雑な地理に応じた多様な樹種選定と土地利用で成し遂げられた。こうした経緯を踏まえれば、フランスを森林国と呼んで良いのではないかと著者は言う。

フランス林業の大きな特徴は「複層林」である。針葉樹の「高林」、広葉樹の「低林」、高林と低林を多層的に組み合わせた「中林」の3タイプを、緯度や高度など地理的条件に応じて経営していくのがその基本的な考え方だ。
複層林の管理は、伐採までの期間が長い広葉樹を自発的に成長させることに重点が置かれている。フランス広葉樹林業の伝統的な特徴は、天然更新と長伐期なのである。
本書の後半は日仏比較と考察である。内容は広範囲に渡りとても要約できないが、私が受け取った著者のメッセージは、これからは「適地適木」の考え方が世界の森林回復において非常に重要である、というものだ。
著者は適地適木を論じる中で、「一次林」や「潜在自然植生」に触れている。人間の手が入らない場合の林相だろう。潜在自然植生は人間の文化に影響を与え、暖温帯の西日本は照葉樹林文化、冷温帯を含む東日本はナラ林文化と呼べるとしている。近世以降の日本人が針葉樹林の人工造林に邁進したのは、ドイツ林業の影響だが、加えて日本のスギが産業材としてドイツトウヒを凌ぐ優秀さを示したからだと指摘する。
私がドイツ林業史で抱いた疑問「なぜ教師はフランス人だったのか」は本書で氷解した。単純に、フランスが林業先進国だったからである。ではなぜ17世紀まで少なくとも欧州最先端だったフランスの林業は歴史に埋もれ、ドイツだけが林業先進国というイメージが定着したのか。
これは推測に過ぎないが、フランス革命でアンシャン・レジーム(旧体制)が全否定された影響ではないだろうか。日本でも、明治維新以降、江戸は遅れた時代というイメージで語られ続け、江戸林業の先進性は外国人(コンラッド・タットマン)が再発見し発信した。私は、門脇仁氏のこの著書には、埋もれた歴史の掘り起こしという点で、タットマンの本と同じ存在意義を感じるのである。(プラチナ構想ネットワーク理事 長澤光太郎)
【著者紹介】
門脇仁:1961年浦和市生まれ。フランス国立ヴァンセンヌ・サン=ドニ大学(パリ第8大学)大学院人間生態学研究科上級研究課程修了(森林生態系と林業の日仏較研究)。著書に『エコカルチャーから見た世界−思考・伝統・アートで読み解く』(ミネルヴァ書房)、『最新地球環境問題の基本がわかる本−地球との共生と持続可能な発展』(秀和システム)他。訳書に『樹盗−森は誰のものか』(築地書館)、『環境の歴史−ヨーロッパ、原初から現代まで』(共訳、みすゞ書房)他。
■関連サイト
広葉樹の国フランス(築地書館)