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「手が動く」人材が未来を動かす 高専や職業教育の再構築でAI・ロボット時代を切り拓く176

Human resources with hands-on skills will drive the future: Restructuring technical colleges and vocational education will pave the way to an age of AI and robots

Updated by 小宮山 宏 on November 13, 2025, 7:06 PM JST

小宮山 宏

Hiroshi KOMIYAMA

(一社)プラチナ構想ネットワーク

東京大学工学部教授、工学系研究科長・工学部長、東京大学総長(第28代)を経て、2009年三菱総合研究所理事長に就任。2010年プラチナ構想ネットワーク会長(2022年 一般社団法人化)。その他、STSフォーラム理事長、一般社団法人超教育協会会長、公益財団法人国連大学協力会理事長、公益財団法人国際科学技術財団会長、一般財団法人 ヒートポンプ・蓄熱センター理事長など。また、ドバイ知識賞(2017年)、イタリア連帯の星勲章(2007年。)や「情報通信月間」総務大臣表彰(2014年)、財界賞特別賞(2016年)、海洋立国推進功労者表彰(2016年)など、国内外の受賞も多数。

生成AIが知識を瞬時に提供する現在、単に「知っている」だけでは価値を生みにくくなっています。今、社会が必要としているのは、自ら動き、試し、失敗から学ぶ人材=「手が動く人」です。実際、高等専門学校(高専)の卒業生は、企業からの採用需要が高まる一方です。かつて日本型教育が前提としてきた「大学で教養を学び、企業で実務を身につける」という分業的な構造は、産業や技術の変化スピードに追いつかなくなっています。AIやロボットが高度化する時代に求められるのは、理論を現場で実装し課題を解決できる「動かせる人材」です。この教育モデルを公教育全体へ広げることが、日本の未来を拓く鍵となります。

現場で育つ「動かせる人材」——高専の強み

高専は、まさに「手が動く」教育の最前線に立っています。学生たちは電気や機械といった工学のベースを、「理屈じゃなくて作れる」ように教わっているからです。

一関高専(岩手県)の学生チームは、靴の中にセンサーを入れて認知症の予兆を測るというプロジェクトでプラチナ大賞とD-CON(全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト)最優秀賞を獲得しました。認知症の初期症状は歩き方に現れるという研究は医師によって以前から行われています。しかし、専用の歩行測定設備は一般家庭で活用できる形ではありませんでした。そこで普段履く靴にセンサーを入れてログを取るというアイデアを、彼らは実際に「やっちゃった」のです。

これは、「考える」と「つくる」を分離しない学びの重要性を示しています。いかに高度な知恵であっても、様々な困難な状況に耐えて最後まで運用する持続力があって初めて、社会的な価値を持ちます。

すり足・ふらつきに着目した認知症予防・早期発見デバイス「D-walk」(出典:一般社団法人プラチナ構想ネットワーク)

ボケーショナル教育の課題は

この高専モデルを工業分野にとどめるのはもったいない。林業・農業・水産などの職業学校(ボケーショナルスクール)にも、手を動かせる人材輩出を広げることが求められます。目指すべきは現場と地域の価値創出を結びつける教育モデルへの転換です。

AI・ロボット時代の技能は、ロボットの緻密な部品を作る力よりも、既存のロボットを現場で「使いこなす」「仕込む」力が重視されます。しかし、現状の教育体制には大きな課題があります。例えば、農業学校では農学部出身の教師が教えることが多いのですが、彼らはAIやロボットの専門家ではありません。また、機械工学の専門家に教えさせると、ロボットのモーターの大きさなど、細かい部品の話に終始してしまうケースも見られます。

今必要とされているのは、専門知とデジタル知の融合を促し、現場のニーズに応じた指導者の育成です。そのためには、教育制度や教員配置の抜本的見直しが必要となります。農林水産業においても「木の切り方」や「魚の捕り方」といった基本技能に加え、AIとロボットの知識を教えることが不可欠です。

好奇心から始まるアクティブラーニング

創造力は座学では育ちません。人が成長するのはアクティブラーニング(能動的な学び)のなかであり、その原動力は義務感ではなく好奇心です。

私自身、工学部の学生時代は心理学や哲学の講義は退屈に感じていた記憶があります。しかし、年齢を重ねると、それらは学問の土台として重要だと理解できるようになりました。若者に座学で「詰め込む」べきは四則演算やリテラシーなどが中心であり、それ以外は「面白がってやらせる」ほうが、はるかに成長を促します。

高度経済成長期に新しいプラントを立ち上げたエンジニアたちが、長時間残業のなかで成長できたのは、「修行だぞ」と言われたからではなく、その仕事が「面白い」と感じていたからです。時間も忘れて試行錯誤を繰り返す中でこそ、人は成長するのです。

プラチナ構想ネットワークの新たな産業イニシアティブとして、人財育成のキーワードに「アクティブラーニング」を掲げ、産業・教育・地域が一体となった学びの再構築を提唱しようとしています。

探究学習の事例として、渋谷区立の小中学校では「総合的な学習の時間」を年間70時間から150時間に拡大し、地域の専門人材が授業に関わる取り組みが進んでいると聞いています。このように、地域が教育に関わる仕組みづくりこそが、公教育を再生させる基盤となるでしょう。

「課題先進国」日本の使命は

日本は、高齢化や人口減少などの課題を世界に先駆けて経験している「課題先進国」です。私は東大総長時代に「世界一の大学」を目指しました。これは、単にランキングで競うという意味ではなく「人類の課題に最も先導的に立ち向かっている大学」という定義です。具体的な取り組みとして「学術俯瞰講義」を創設しました。学問を網羅的に理解することを目的とし、全分野を6つに分類。それぞれの第一人者が講義を担当し、ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊先生も登壇しました。

東京大学東洋文化研究所所長の中島隆博先生が提唱する「Human Co-becoming」という概念は教育・産業・地域が連携して成長する社会像を示しています。誰かが誰かに教えるというよりも 「一緒に成長していく」ことが重要です。プラチナ構想ネットワークで提唱している「生涯成長」の理念とも深くつながっています。

地方の国立大学は、地域の価値を掘り起こす研究・人材育成拠点へと役割を再定義すべき時期にあります。地域産業と連携しながら教育と実装を一体化し、地域で輝ければ東京からもリスペクトされる存在となるでしょう。

探究の文化が日本の未来を拓く

革新は好奇心と探究心から生まれます。ノーベル賞受賞者が語る「面白いからやった」という言葉に、その本質があります。これは、日本が持つ文化的土壌と深く結びついています。江戸時代に250年続いた平和の中で培われた、心を極める「道」の文化(茶道、華道など)と、世界最高水準の識字率という文化的土壌があります。これこそが、日本人のノーベル賞受賞が相次ぐ背景にもなったと考えています。

探究の文化を公教育に取り戻すことが、AI時代における最も確かな未来投資となります。「手が動く人材」を育て、人類共通の課題に先導的に挑む—それが、課題先進国・日本が世界に示すべきモデルです。(プラチナ構想ネットワーク会長 小宮山宏)

すり足・ふらつきに着目した認知症予防・早期発見デバイス「D-walk」の開発について(岩手県ほか)【第10回プラチナ大賞発表12】 – YouTube

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