Updated by 『森林循環経済』編集部 on November 18, 2025, 8:20 PM JST
Forestcircularity-editor
プラチナ森林産業イニシアティブが推進する「ビジョン2050 日本が輝く、森林循環経済」の実現を目指します。森林資源のフル活用による脱炭素・経済安全保障強化・地方創生に向け、バイオマス化学の推進、まちの木造化・木質化の実現、林業の革新を後押しするアイデアや取り組みを発信します。
林業の生産性はなぜ上がらないのかー。人手不足とコスト増が続くなか、現場の仕組みをどう変え、地域産業としてどう持続させるかが問われている。提言から実践フェーズに移っている「プラチナ森林産業イニシアティブ」は10月17日、「素材生産効率向上と生産管理体制」をテーマに都内で定期会合を開催した。地域の実践者として、植林から伐採、運送、製材、加工、木質燃料、建築までを一貫して自社で手がける柴田産業(岩手県一戸町)の柴田君也代表取締役が登壇。同社は、ヨーロッパの生産システムと、日本に優位性があるDX技術を融合させることで、日本の林業を世界水準の産業に育てるという目標を掲げている。講演では、DXと地域循環を両輪に林業の未来を描くヒントを示した。

柴田産業が取り組んでいるのは、素材生産プロセスの抜本的な改善だ。 従来の日本の林業は、伐採後に長丸太を集材・運搬し、のちに工場で玉切りする「ツリーレングス方式」が主流で、日本の林業の素材生産性は、2000年以降ヨーロッパの5分の1程度に留まっている。同社が素材生産の効率化を実現した第一の柱は、ヨーロッパ型のCTL(Cut-to-Length)システムの導入だ。伐倒から枝払い、玉切り、集材までを連続的に行えるこのシステムにより、従来4〜5台・4人で行っていた作業を2台・2人で完結できるようになり、現場の生産性が飛躍的に向上した。
同社は急峻な地形が多い岩手の条件を踏まえ、オーストリアやスウェーデンの林業機械を比較検証。最終的に、日本の地形や木材径に合わせた小型・高性能機を選定し自ら購入。現在は関連会社を立上げ、国内の他の林業事業者にも販売を始めた。
柴田社長は「国内で使える機械を探しても見つからなかった。だから、自分たちで見つけて持ってきた」と振り返る。
同社によると、従来の11〜14立方メートル/人・日だった労働生産性が、CTLシステム導入後は28〜45立方メートル/人・日へと2〜4倍に向上。素材生産コストも1立方メートルあたり400〜600円削減された。

一方で機械経費は一時的に1.6倍となったが、効率化効果で十分に吸収可能な水準だという。岩手県の分析でも「オーストリア並みの高生産性」と評価されており、現場改革の成果が定量的に示された。
この効率化の鍵は、伐倒から玉切り、搬出までをハーベスタとフォワーダの2台で完結させた点にある。とくに30度を超える傾斜地では、ウインチ付きハーベスタを活用し、立木の状態で伐採・玉切りを行う。従来のように作業道を多く作らずとも伐採可能となり、環境負荷を抑えつつ作業の安全性も向上した。
「生産性を上げながら、山を傷めず、安全に仕事ができる。これが持続的な林業の出発点になる」と柴田社長は強調する。CTLシステムは単なる機械導入ではなく、「人を守りながら稼げる林業」への転換装置となった。
さらに柴田産業が取り組んでいるのは、現場の“見える化”による管理体制の改革だ。これまで熟練班長の経験と勘に頼っていた現場作業を、データに基づいて最適化する仕組みを構築した。同社は岩手大学と連携し、レーザードローン(UAV LiDAR)による森林資源解析を導入。山林の地形データ(DEM)を取得し、蓄積量・傾斜・林道条件を数値化した。これにより、作業道の最適ルートを自動で算出できるようになり、班長が地形を見て判断していた“経験”の一部を再現可能にした。
柴田社長は「ベテランの班長は山を見れば分かるが、新人はそうはいかない。データが目印になれば、迷いが減る」と語る。

さらに同社は現場管理アプリも共同開発した。ハーベスタとフォワーダの双方にタブレットを搭載し、伐採地点と集材ルートをクラウド型GIS上に表示。山の中でも丸太の位置と数量を可視化できるようにした。
「データを共有すれば、指示も支援も早くできる。勘と経験の代わりに、数字がチームを動かしている」と柴田社長は述べる。この可視化は、効率化の実感をもたらすと同時に、安全管理・トレーサビリティの面でも革新をもたらした。
DX技術の導入は、生産性向上だけでなく、林業の「労働環境」と「人材育成」のあり方も根本的に変革している。柴田産業では、クラウド上で共有される現場データが、人材育成と意思決定の両輪を支えている。新人でも、ドローン解析に基づく計画や管理アプリの現場情報を見れば作業方針を即判断できるため、熟練者の経験だけに依存しないチーム運営が可能になった。
また、GPS測位を活用したRTK-GNSSによる境界確認で、センチメートル単位の精度を実現。境界トラブルを防ぎ、安全性を高めている。 従来200万円程度の費用が必要な境界測量機器は、10万円台の民生用RTK-GNSSで代替した。
「昔は専門機器が必要でしたが、 大事なのは、現場が“自分ごと”として技術を使いこなすことです」。 柴田社長は“安価な効率化”を、地方の林業を持続させる鍵と位置づけている。
そしてデジタル化を進めても、最終的に林業を支えるのは人だ。 柴田産業は岩手大学、住友林業、北海道のフォテック社と連携し、現場データの標準化や教育プログラムの整備を進め、 新人でもデータをもとに判断できる環境をつくり、技能伝承の仕組みを再構築した。
「技術を使うのは現場の人間です。誇りを持てる仕組みにしなければ意味がない」 柴田社長の言葉どおり、同社のDXは“人を置き換える”ものではなく、“人を活かす”道具として機能している。

柴田産業の経営モデルの特徴は、素材生産にとどまらず「出口」までを設計している点だ。伐採現場で得られた木材や副産物を、地域の暮らしに再循環させる仕組みを整えている。乾燥チップを利用して、北いわて資源循環センターで熱と電気を生成し、町営温泉施設や福祉施設へ供給する計画を進めている。さらに新ペレット工場の建設計画を進め、家庭用ペレットストーブの販売にも着手した。
また、若者の定住を促すため、岩手県産材100%の「子育てハウス」を建設・販売している。元JR施設を改修して山村留学生の寄宿舎やゲストハウスを整備する計画も進めており、「人が住み続けられる地域」を具体化している。さらに、木質エネルギーや地場材を紹介する交流拠点を開設。住民が木工ワークショップやストーブ体験を通じて森に関われる場を提供している。
柴田社長は「山だけで完結したら、出口がなくなる。地域で燃やし、住み、支える循環をつくることが大事」と語る。

柴田産業の取り組みは、データを活用して「生産」と「地域」を一体化させる、新しい林業モデルを示した。林業DXの成果は、地域循環の仕組みづくりへと波及し、エネルギー・住宅・教育を巻き込む“地域内エコシステム”を形成している。
「子どもたちがこの町を“選んで暮らせる”ようにしたい」。 柴田社長の言葉が象徴するのは、単なるDXではなく、“人と地域を育てる林業”だ。
■参考リンク
株式会社 柴田産業