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食べることと共にあった木のぬくもり―食にまつわる道具が五感に訴える力182

The warmth of wood that accompanies eating: the power of food-related tools to appeal to the five senses

Updated by 小倉朋子 on November 20, 2025, 8:46 PM JST

小倉朋子

Tomoko OGURA

株式会社トータルフード/日本箸文化協会

(株)トータルフード代表取締役 食の総合コンサルタント/東証上場企業2社の社外取締役/亜細亜大・東洋大学・東京成徳大学兼任講師/食輝塾主宰/日本箸文化協会代表ほか/トヨタ自動車広報部に勤務後、国際会議ディレクター、海外留学を経て現職。飲食店、食品関連企業のコンサルティング、メニュー開発のほか、諸外国の食事マナーと総合的に食と生き方を学ぶ教室「食輝塾」を主宰。「食と心」を柱に、トレンド(分析、開発)から食文化、マナー、栄養、健康経営、食環境とメンタルまで、あらゆる食の分野に精通、専門が幅広いのが特徴。「箸文化と儀式」「日本の箸と特異性」「割箸と外食産業」について学術論文、箸に関する著書、監修多数。世界で唯一の日本箸文化の研究者といわれる。 トータルフード公式サイト 日本箸文化協会サイト

かつて、日本の食卓は木に囲まれていました。今でこそガラスの素材やプラスチックなどテーブルも素材のバリエーションがありますが、長きにわたり日本のテーブルは木材が主流でした。戦国時代に遡ればテーブルの代わりにお膳でしたが、木材から作られていました。

コメによく合う木製茶碗

食の道具も木製が主流でした。味噌汁椀は今も木製が存在感を保っていますが、元々はご飯茶碗も木製でした。箸、おちょこや徳利、皿も木製。現代においても木製のご飯茶碗は売られていて、手触りが和らかく甘さのある柔らかな日本のコメにはよく合うと思います。

調理器具も木製でした。まな板はその代表格。何を切ってもトントンと柔らかな音となり、包丁の刃も痛まない優しさが木製まな板の良さです。ですが重く、しっかり洗浄しないとぬめりが残りやすく洗剤が流れにくいなど不便な点もあり、いつの間にかどの家庭も使わなくなってしまったようです。我が家は長年木製のまな板にこだわって食材を限定して使用しています。定期的に表面を削って綺麗にすることで新品同様に使えます。ただ長く使うと血液がまな板の傷口から浸透しやすいので肉を切るには不適かもしれません。

鍋蓋も木製のものも使用しています。木は天然の抗菌作用があり、適度に蒸気を通すので、鍋のお湯が吹きこぼれにくい利点があります。しかしやはり洗浄などの不便さがあるのと、中身が見えないため火の通り具合がわかりにくいなどから売り場にもほとんど売られていません。私も西洋料理を作る際には西洋の鍋蓋のほうがしっかり密着するので西洋の蓋を使用しています。

木のまな板の中国の使い方は圧巻です。厚さ50センチ以上もある大きな丸太をそのまま使用していきます。やはり汚れてきたらカンナで表面を削っていき、子へ孫へと代々まな板は受け継がれて使用され、代が代わる毎に削るため厚さが薄くなっていったらしいのです。しかしそんな使い方は中国でも現代は廃れてしまい、利便性が重要視されています。

木の食器(photoAC)

味噌汁は「椀」

多くの調理器具や食器は、中国から陶磁器文化が入ってくることで木製から移られていきました。江戸時代中期から末頃に磁器の大量生産が可能となり、一般庶民にも安価になった磁器の食器が普及していったようです。中国から入ってきた陶磁器の茶碗は、もともとはお茶を飲むためのものだったため茶碗と称します。安価になり大衆化した頃から徐々に茶碗がご飯茶碗として使われるようになっていきます。そのうちに殆どの食器は木製から陶磁器に御株を奪われました。直接口をつけるため火傷をしないよう残ったとされている味噌汁椀は、唯一残っている木製食器と言っても過言ではないかもしれません。そのため、ご飯茶碗は「碗」と書きますが、飯椀(江戸時代までのお椀)と味噌汁椀は「椀」と書き、素材の違いを表現しています。

洗剤の無い時代でも木製の「椀」が陶磁器製の「碗」に変化した理由として、木椀は陶磁器より長持ちしにくいことや、デザインや色付けなど陶磁器のほうがバリエーションは豊富であったことなどが考えられます。

しかし、木は匂いを嗅いだり触れたりすることで、心身にリラックス効果をもたらすことがわかっています。利便性と合理性を重視して生活様式を変えてきた現代人ですが、ストレス社会におけるストレス軽減の方法は、案外身近なものを変えることからも可能なのかもしれません。特に食べる行為の時に五感に優しく脳をリラックスさせることは有効な方法といえるのではないでしょうか。(株式会社トータルフード代表取締役・日本箸文化協会代表 小倉朋子)

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