Japan was a "photosynthetic country" - A vision for a society supported by forests and the sun towards 2050
Updated by 小宮山 宏 on February 10, 2026, 10:46 PM JST
Hiroshi KOMIYAMA
(一社)プラチナ構想ネットワーク
東京大学工学部教授、工学系研究科長・工学部長、東京大学総長(第28代)を経て、2009年三菱総合研究所理事長に就任。2010年プラチナ構想ネットワーク会長(2022年 一般社団法人化)。その他、STSフォーラム理事長、一般社団法人超教育協会会長、公益財団法人国連大学協力会理事長、公益財団法人国際科学技術財団会長、一般財団法人 ヒートポンプ・蓄熱センター理事長など。また、ドバイ知識賞(2017年)、イタリア連帯の星勲章(2007年。)や「情報通信月間」総務大臣表彰(2014年)、財界賞特別賞(2016年)、海洋立国推進功労者表彰(2016年)など、国内外の受賞も多数。
いま、欧米を中心とした政治的分断が深まり、民主主義や自由主義といった既存の価値観が揺らいでいます。その背景には「資源は有限であり、奪い合うしかない」という古い強迫観念があります。そもそも、どのような政治体制であれ、人間が生存するためにエネルギー、食料、水といった物質的な基盤が不可欠である事実は変わりません。私たちは今、決定的な視座を見落としています。それは「2050年」という物理的な限界点です。
現状のまま推移すれば、気候変動が限界を迎えると同時に、鉄やプラスチックなどの社会基盤物質は世界的に行き渡り、需要が「飽和」するという確度の高い見通しがあります。つまり、従来の「地下資源を掘って消費する」モデルは2050年頃に物理的にも環境的にも破綻し、都市に蓄積された資源を回す「循環型モデル」への移行が不可避となるのです。
これは危機であると同時に、日本にとっての好機でもあります。日本は、都市鉱山による「資源循環」と、国土の9割近くで光合成が可能という恵まれた自然環境を生かした「バイオマスの自給」を両立できる世界でも数少ない国だからです。
奪い合いの時代を乗り越え、物質的に満たされつつ人々が自己実現できる、自律的で質の高い社会――私はこれを「プラチナ社会」と呼んでいます。世界がビジョン不在の閉塞感に覆われる今こそ、日本がこの「2050年社会モデル」を世界に先駆けて実現・提示すべき時です。
日本の資源ポテンシャルを再評価する上で興味深い試算データをご紹介しましょう。皆さんは、「手塩にかけて育てた水田のイネ」と「山に生えている森林」、どちらが1年間に多くのバイオマス(生物資源)を生み出すと思いますか?
直感的には、肥料や水を管理しているイネの方が圧倒的だと思われるかもしれません。実際に私たちが食べる「お米(精米)」は1ヘクタールあたり約5〜6トン収穫できます。しかし、水分を除いた植物の正味の重さである「全乾物(ぜんかんぶつ)」(※実だけでなく茎や葉を含めた総重量)で比較すると、意外な事実が見えてきます。
<日本におけるバイオマス生産量(1ヘクタールあたり・年平均)>
水田のイネ(粒+わら): 約11〜13トン
スギ・ヒノキ人工林(幹+枝+葉+根): 約8〜12トン
実は、両者の生産量にはほとんど差がないのです。森林には巨大な幹がありますが、それは過去の蓄積(ストック)です。1年間に成長した分(フロー)だけで比較すると、イネも樹木も、ほぼ同じ量のバイオマスを生産し、炭素を固定していることになります。
なぜでしょうか。理由は根本的なエネルギー源である「太陽光」の制約にあります。植物が光合成で利用できるのは可視光の一部だけで、さらに自身の呼吸でエネルギーを消費するため、最終的なエネルギー変換効率は1%にも満たないレベルにとどまります。つまり、どんなに手をかけても、あるいは自然のままでも、日本の緯度で太陽光を受け取る限り、植物の生産能力の上限はある程度決まってしまうのです。
この科学的事実は、悲観すべきことではありません。むしろ、日本の国土の特異性を際立たせます。
日本は、国土の約7割が森林です。そこに農地や、植物プランクトンが生息する水域(湖沼・河川)を含めると、実に国土の9割近くで「光合成」が行われていることになります。都市や道路などの利用はわずか1割程度です。これほど国土全体でバイオマスの生産が行われている国は、世界でも稀有ではないかと思います。
私たちは、この「光合成の国」というアイデンティティを再認識すべきです。太陽光、水、そして緑を活用し、エネルギーと物質を自給する。これこそが、資源小国と言われてきた日本が生き残るための最短ルートなのです。
では、具体的にどうすべきか。必要なのは、限られた国土を科学的合理性に基づいて再定義する、2つの「土地利用の転換」です。

もちろん、「古来の植生を守るべきだ」「自然に手を入れるのはおこがましい」といった心情は理解できます。しかし、管理が行き届かず放置された森林は、CO2吸収力が落ちるだけでなく、シカ・イノシシ・クマなどの鳥獣害を招く要因にもなっています。
すべての森を変えるわけではありません。特に注力すべきは、全国に広がる耕作放棄地や再造林されない林地の活用です。平坦で作業効率の良い土地を選び、農作物のように計画的に育てて収穫したり、伐採されて再造林されていない林地なども活用して短伐期で施業する「循環型林業」へと舵を切る。収穫した木材は、建材から新素材、エネルギーへとカスケード利用することで、炭素固定と経済性を両立できます。この合理的なゾーニングこそが、2050年の資源自給への鍵となります。これは生態系の破壊ではなく、人間と自然が共存するための合理的な選択なのです。
この両者を組み合わせるのが、農地の上にパネルを設置する「ソーラーシェアリング」です。耕作放棄地を含めた全農地のわずか10%程度(国土面積の約1.5%)にこれを導入するだけで、現在の日本の電力需要のほとんどを賄える試算になります。「1階で光合成(物質生産)、2階で発電(エネルギー生産)」。この多層的な土地利用こそ、狭い国土を持つ日本が最大限の豊かさを享受するための知恵なのです。
この転換は、政府や大企業だけの話ではありません。私はこれを国民全員参加の「光合成運動」として展開したいと考えています。
例えば学校教育。夏休みのアサガオ観察などを、科学的なアクティブラーニングへ転換します。「どの植物が最も効率よく育つか」「どうすれば成長を早められるか」を比較実験し、資源循環を学ぶ。また、家庭でのガーデニングや市民農園などで自分たちが育てる植物が、資源やエネルギー問題とどう繋がっているのかを体感することは、次世代のビジョン形成に不可欠です。こうした市民のリテラシー向上が、社会全体のイノベーションを後押しします。
世界が分断され、資源の奪い合いが懸念される中、日本が示すべきは「自給のモデル」です。自然の力(光合成)と人間の技術力(ソーラーシェアリングや育種技術)を融合させ、物質的な豊かさを確保しながら、精神的な充足も得られる社会。これこそが、私が提唱する「プラチナ社会」の具体像です。
日本には、そのための自然環境と技術、そして知恵があります。「光合成の国」として、自立した持続可能な社会モデルを世界に示すこと。それが、分断の時代における日本の人類史的な役割ではないでしょうか。(プラチナ構想ネットワーク会長・『森林循環経済』名誉編集長 小宮山宏)