Updated by 『森林循環経済』編集部 on June 23, 2025, 5:53 PM JST
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プラチナ森林産業イニシアティブが推進する「ビジョン2050 日本が輝く、森林循環経済」の実現を目指します。森林資源のフル活用による脱炭素・経済安全保障強化・地方創生に向け、バイオマス化学の推進、木造都市の実現、林業の革新を後押しするアイデアや取り組みを発信します。
清らかな水と豊かな森に囲まれた富山県西部地域。この地でいま、地域の恵みを最大限に活用し、自給自足に近い形で資源とエネルギーを賄う「新しい森林文化」を創造しようとする動きが進んでいる。その核となるのが、地域内で森林資源を循環させ、木造建築やエネルギー供給の原料として活用する「地域内エコシステム」の構築である。化石資源への依存から脱却し、脱炭素社会の実現を目指すこの取り組みは、単なる環境対策に留まらず、地域経済の活性化や経済安全保障の強化にもつながる。富山県西部森林活用事業検討協議会が推進する、地域資源が地域を潤す新たな循環モデルを『森林循環経済』編集部がレポートする。
海と山が近接し、豊かな里山の風景が広がる氷見市には、地域の自然とともに育まれてきたブランド木材「ひみ里山杉」がある。
氷見の里山は、日本海に面して湿潤で、適度な寒暖差があり、冬には豊富な雪が降る。こうした気象条件は、スギの生育にとって非常に恵まれた環境だ。年間を通じて水に恵まれた土壌は、スギの健やかな生育を支え、柔らかくしなやかな木質を育む。冬の雪は枝を自然に間引き、まっすぐで節の少ない幹を育てる。
こうして育った、ひみ里山杉は、淡い赤身と白太が織りなす美しいグラデーションを持ち、ゆるやかに波打つ年輪がやわらかな印象を与える。木目に光が当たることで、やさしい陰影が生まれ、空間に落ち着きを感じさせる。さらに、杉ならではの芳香は、セドロールなどのリラックス成分を含み、室内に森林浴のような癒しをもたらす。
異業種との連携による新商品開発も進んでいる。ウッドチップを蒸留し香り付けしたビール、樹皮を利用したインク、森林浴の気分を味わえるアロマ製品などが開発されている。さらに、富山国際大学の学生と協力し、フォトフレームやキーホルダーを製作するなど、産学連携も進めている。間伐材を利用した割り箸の製造も行われており、木材資源を余すところなく活用しようとする姿勢が伺える。
ひみ里山杉は、建築材としての性能にも優れている。柔らかく加工しやすいため、構造材や内装材として施工しやすく、現場での使い勝手が良い。さらに、「葉枯らし乾燥」や「月齢伐採」といった伝統的手法を取り入れ、木材の狂い・割れを最小限に抑える。これにより、高い寸法安定性と耐久性が保たれている。
また、加圧注入によって防腐処理・難燃処理が可能なことから、都市部や公共施設でも採用が進んでいる。氷見市議場、JR富山駅、県立リハビリテーション病院、富山県美術館、富山県会議事堂などに採用され、ひみ里山杉の品質と美観を広くアピールし、ブランドイメージ向上に大きく貢献している。
ひみ里山杉が育つ氷見市は、山・川・海がつながる多様性のある環境が広がっている。山の健全な管理は、やがて川の水を潤し、海の漁場にも良い影響を与える。だからこそ、森を守ることは地域全体の自然環境を守ることにもつながる。
地産地消を推進し、地域材の価値を高める活動を続ける「ひみ里山杉活用協議会」の岸田毅会長は「平成24年にボカ杉のブランド化から始まった協議会はいま、森と人との未来をつくる事業に注力しています。山・川・海・そして人をつなぎ、生まれてから死ぬまでの生涯木育も進めています。ひみ里山杉は単なる資材としてではなく、地域の文化や暮らしを豊かにする存在としてとらえ、氷見市民全体が協力して世界農業遺産の認定を目指しています」と展望を語る。
富山県西部森林活用事業検討協議会では、地域の森林資源を持続的に活用するため、川上(伐採)から川下(建築)までのバリューチェーン強化に取り組んでいる。木材の高付加価値化を担う「川中」の役割も極めて重要だ。高岡市に本社を構えるウッディパーツは、その象徴的存在である。
同社は、木造建築向け構造材のプレカット加工に特化した企業だ。「国産材の積極活用」を経営方針とし、富山県産スギをはじめとする地域材を、高度な設計・加工技術で高付加価値化し、住宅から公共施設・商業建築にいたるまで幅広い建築現場へと送り出している。
その要となるのが、設計と製造を一体化させた自社工場の存在だ。CADによる構造設計とCAMによる自動加工がシームレスにつながるこの工場では、1本の木材に対して設計図に基づいた正確な継手・仕口加工がミリ単位で施されていく。これにより、スピーディかつ柔軟な対応が可能となり、在来軸組工法、ハイブリッド工法、金物工法など多様な工法に対応し、羽柄材、合板、サイディングのプレカットまで手掛ける「フルプレカット工場」としての能力を備えている。
高効率な生産体制を支えるのが、先進的な設備だ。特に、6軸制御多目的加工機は、これまで大工技能を持つ作業員が複数人で行っていた複雑な加工を、プログラム制御により1〜2名で対応可能にした。これにより生まれた人員の余裕を他の工程へ再配置することで、工場全体の生産性を向上させた。
効率化・省人化をさらに後押ししているのが、CAD/CAM連携システムと自動木材供給・排出装置だ。設計データから加工データを自動生成する仕組みにより、入力ミスのリスクがなくなり、短時間で高精度な加工が可能に。さらに、加工機への木材供給や排出を自動で行う装置の導入により、作業者の負担軽減とラインの連続稼働を可能にした。
工場は整理され清潔で、作業員はモニターを確認しながら作業を進め、製造から品質管理までが一貫して管理されている。富山県産のスギをはじめとする構造材が、大型のプレカット機によって次々と加工されていく。
同社では、伝統的な木造工法に対応する加工から、非住宅の大断面材まで幅広く対応可能だ。複雑な接合部や曲面形状など、意匠性を求められる構造にも柔軟に対応できる体制を整えており、構造の自由度を保ちながら木の美しさを活かす“見せる木構造”としての需要も獲得している。
高精度な加工技術により、現場では部材の調整や加工が不要になり、木造建築の施工効率は飛躍的に向上する。結果として、木材の信頼性や使い勝手は大幅に向上し、地域材に対する「手間がかかる」「品質が不安定」といった従来のイメージも覆す。都市建築にも採用される「選ばれる木材」へと進化させる仕組みが、同社の工場には詰まっている。
地域材の活用を推進するポイントについて、同社環境管理部の大谷直之部長は「弊社では、JAS構造材等の使用を積極的に進め、建築物のニーズに適合する信頼性の高い構造材を提供できるよう努めています。安定した品質と供給体制を確立することで、設計者や施工者の皆様に安心して選んでいただける高付加価値な構造材を提供することが不可欠だと考えています」と語る。
プレカット加工の進化により、富山など地方で育った木材が、都市の商業施設や公共建築の構造材として採用される時代が到来している。とりわけ、高精度・高効率な加工は、都市型木造建築に求められる「工期短縮・品質安定・現場省力化」の実現に不可欠だ。
都市の木造化における自社の役割について大谷部長は「地域材を積極的に活用した木造建築物の普及は、地球温暖化対策への貢献はもちろんのこと、森林の健全な育成、地域経済の活性化、さらには都市部への木材供給基地としての役割を担うことにもつながると考えております。弊社は、公共建築物への木材利用促進や、大規模木造建築物への地域材の活用を推進するとともに、木材の地産地消にとどまらず、都市部のニーズにも応えられる高品質な地域材供給体制の構築を目指し、川上から川下まで連携を強化してまいります」と展望を語る。
また同社では、品質と信頼性の裏づけとして、合法伐採材の使用を徹底し、社内の品質管理体制を厳格に整備している。ISO 9001の認証を取得し、材料受け入れから製品出荷までの各工程を文書化・記録する仕組みも確立。供給エリアは富山県内にとどまらず、石川、福井、新潟、岐阜など広範囲に及んでいる。
プレカットという加工工程が、「川中」として地域木材を都市の現場へと橋渡しする。川中の加工業者は、前回の記事で紹介したストックヤードから供給される素材を、JAS認定などの高品質建材へと変換する起点として機能しており、地域内エコシステムの回転軸となっている。
市域の約8割を森林が占める南砺市では、すでに木質バイオマスボイラーが稼働し、温浴施設や温水プールに熱を供給している。これは、山から出た間伐材や製材端材といった未利用木材を燃料として活用する木質バイオマス熱供給事業の好例だ。小中規模分散型の木質チップボイラーによる熱供給は、輸送コストを抑え、地域内での利用を進める上で有効な手段とされている。
富山県西部森林活用事業検討協議会は熱供給事業を森林資源活用の重要な軸の一つとして位置づけ、木質バイオマスボイラーなどの設備導入に向けた、林野庁の「地域内エコシステム」補助事業への申請も計画している。これは、地域主導でエネルギー自給率を高めるための具体的な一歩となる。化石燃料に頼らない地域エネルギーシステムの構築は、脱炭素化に直接貢献するだけでなく、エネルギーの地産地消を進めることで、外部環境の変化に強い地域経済を築く上でも重要となる。
富山県西部森林活用事業検討協議会が推進する地域内エコシステムは、まさにプラチナ森林産業イニシアティブが描く「森林循環経済」の縮図だ。川上で生産された木材が、ストックヤードを経て、製材やプレカットといった川中の加工工程へ進み、最終的に木造建築や熱供給として地域内で活用される。そして、これらの需要が再び川上の林業を活性化させる。
このエコシステムの実現には、様々な課題もある。安価な輸入材との競争、林業の担い手不足、木質バイオマス熱利用施設の導入・運営コストなどだ。そして、地域住民や企業の理解と参画、政策的な誘導(地域材・バイオマス利用促進) や、民間投資を呼び込むための金融メカニズムの確立も必要となる。
地域の企業が、それぞれの強み(地域材のブランド化、先進的なプレカット技術)を活かし、協議会の活動に連携・貢献していくことが、この地域内エコシステムの成功には不可欠だ。その活動は、単なる経済活動に留まらず、「新しい森林文化」の醸成という社会的な目標にもつながっている。森と地域が共生し、資源が循環する未来の姿が、富山県西部から見え始めている。