Asunaro chopsticks are considered lucky and are part of Japanese culture that connects the spirit of wood
Updated by 小倉朋子 on August 21, 2025, 8:03 PM JST
Tomoko OGURA
株式会社トータルフード/日本箸文化協会
(株)トータルフード代表取締役 食の総合コンサルタント/東証上場企業2社の社外取締役/亜細亜大・東洋大学・東京成徳大学兼任講師/食輝塾主宰/日本箸文化協会代表ほか/トヨタ自動車広報部に勤務後、国際会議ディレクター、海外留学を経て現職。飲食店、食品関連企業のコンサルティング、メニュー開発のほか、諸外国の食事マナーと総合的に食と生き方を学ぶ教室「食輝塾」を主宰。「食と心」を柱に、トレンド(分析、開発)から食文化、マナー、栄養、健康経営、食環境とメンタルまで、あらゆる食の分野に精通、専門が幅広いのが特徴。「箸文化と儀式」「日本の箸と特異性」「割箸と外食産業」について学術論文、箸に関する著書、監修多数。世界で唯一の日本箸文化の研究者といわれる。 トータルフード公式サイト 日本箸文化協会サイト
前回のコラムで、日本の箸はもともと「私達の食べ物を運ぶ道具ではなかった」ことや、「素材は木材からできていること」、「正月や結婚式に用いる祝箸がなぜ柳の木でできているのか」などについて、お伝えしました。海外では、韓国では金属を用いますし、中国では陶器の箸もあります。現代は日本もプラスティックなど様々な素材を用いますが、木材の箸も健在です。柳の木以外にも実に様々な種類の木材を用いています。その土地で得やすい種類であるとか箸として使い勝手が良いというだけではなく、願いや縁起なども込められています。箸に留まらず「食」に関する事柄にはそういった精神性の話が沢山あり、日本人らしいなあと思います。
現在日本で箸に用いられている木材の種類では、マラスなどはよく見かけます。パプアニューギニアなど暑い国が原産地なので昔の日本では用いられていなかったかもしれませんが、現代では耐久性に優れていて価格帯も手ごろなため箸によく使われる木材です。
鉄木(てつぼく)は、鉄刀木(たがやさん)のことで唐木と呼ばれる樹種の総称の一つとのことです。東南アジアの熱帯地域から輸入されてきたものであり、中国(唐)を経由して日本にきたことに由来するようです。鉄木の箸は非常に利便性が高い印象です。密度が濃いのでしっかりしており、非常に硬く、丈夫で腐食にも強い素材です。そのため、男性用に用いられることも多く「旦那の箸」ともいわれるそうです。すべりにくいので食べやすいと思いますが、手が小さな女性などでは、少々箸頭のほうが重く感じるかもしれません。
個人的に好きな素材のひとつが黒檀と紫檀です。どちらも色艶が良く光沢があり、しっとりと手に馴染みます。高級感もあるので贈り物にも重宝な素材ではないかと思います。黒檀の箸も一家の大黒柱の意味があると読んだことがあります。
そのほか、栗や欅、ブナ、あすなろなども箸に適した素材だと思います。あすなろは色艶がよく滑らかな手触りです。色も明るくてさわやかな色をしています。「明日(あす)、〇〇になろう」の語呂合わせで、〇〇に目標にする言葉を入れて縁起をかついでいるようです。箸を持っても他の素材に比べて比較的すべりにくいので、合格祈願や心願成就に買う人も多いようです。
杉や檜は日本の固有種なので、古くから日本で箸に用いられています。奈良県の吉野で吉野杉の割箸が伝統的に作られてきました。檜は丈夫で耐水性、防虫性にも優れているので、高級な割箸になります。独特な香りがあって手触りも優しいのです。杉も檜も常緑樹で真っすぐに伸びることから、健康を願って手にするのも日本人らしい気がします。
また、櫛に古くから用いられている黄楊(つげ)の箸も、滅多に売っていませんが、とても素敵です。使っていくほどに艶が出て良い味わいが出てくるのも、木材の箸の良さと思います。
先人は使った箸を土に埋める慣習があったようで、平城京跡地から箸の遺跡が出土されています。木を用いて箸を作り、箸を使って食べ物を食べて命をつなぎ、その後箸を土に返す。その箸はやがて木の命を守る土になり、木が育ち、また箸になる。そして食べて命をつなぐ…。箸と木と私達の間には長年にわたる輪廻があるのだと思うのです。日本における箸は単に食卓の道具に留まらない存在だといえるのではないでしょうか。(株式会社トータルフード代表取締役・日本箸文化協会代表 小倉朋子)