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樺太・敷香に築かれた人絹パルプ産業都市 若き森林テクノクラートたちの足跡を訪ねて215

The Rayon Pulp Industrial City Built in Shisuka, Karafuto: Following in the Footsteps of Young Forest Technocrats

Updated by 山本伸幸 on January 14, 2026, 8:37 PM JST

山本伸幸

Nobuyuki YAMAMOTO

国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所

国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 林業経営・政策研究領域長/専門は森林政策、林業経済。近年の研究テーマは近代化と森林・林業。著書に『森林と時間 森をめぐる地域の社会史』、『地域森林管理の長期持続性 欧州・日本の100年から読み解く未来』、『森林管理制度論』など。「森林管理制度の近代化過程に関する研究」(林業経済学会賞(学術賞))、「日本における森林計画制度の起源」(日本森林学会論文賞)受賞。

今は少し行きにくくなってしまったが、ロシアがウクライナに理不尽な戦争を仕掛ける前、2015年の夏にサハリンを訪れたことがある。稚内からサハリン南部の港町コルサコフ(旧・大泊)まで、宗谷(ラ・ペルーズ)海峡を越え、159km、旅客船で片道5時間半の航路だった。

戦前期に日本の製紙会社が工場を建設

宮沢賢治が訪れ、『銀河鉄道の夜』のモチーフにしたという島を南北に貫く鉄道や張り巡らされた公共バスを乗り継ぎ、歩いた。州都であるユジノサハリンスク(旧・豊原)を拠点として、戦前期の日ソ国境だった北緯50度線を越え、石油・天然ガスの開発拠点である北部の東海岸の町ノグリキまで足を延ばし、日本領樺太であった頃からの漁師町である南部西海岸のホルムスク(旧・真岡)やネベリスク(旧・本斗)を訪ねた。

南樺太地図(出典:敷香商工会『観光の敷香』、1937年発行、北海道立図書館所蔵)

島のあちこちには、戦前期に日本の三大製紙会社であった王子製紙、富士製紙、樺太工業が20世紀の前半に建設した紙パルプ工場がその姿をとどめていた。記録をたどってみると、ソ連が崩壊する20世紀後半まで紙パルプ工場として操業していたものも多く、その後も地域熱供給施設として稼働を続けていたりした。サハリンのいくつもの町が、豊かな森林資源を背景に、紙パルプ工場とともに発展してきたことが見て取れた。それは研究で何度か通った北欧フィンランド中に点在する町の近代の歩みと重なり、とても興味深かった。

敷香市街図(出典:敷香商工会『観光の敷香』、1937年発行、北海道立図書館所蔵)

木材景気に沸いた敷香

『森林と時間』で私の担当した4章「福島県浜通りの近代と森林・断章」では、福島県浜通りの近代の歩みと森林との関係を、森林テクノクラートと製材業者の交流を軸に描いた。物語の主人公の一人である誉田裕は、東京帝大林学科を1934(昭和9)年に卒業した。帝大、高等農林の高等教育機関、また、中等教育機関である農林学校のいずれにおいても、この時期の林学教育を修めた多くの若者が、当時日本が植民地とした朝鮮や台湾、また、「満洲国」や樺太などを目指した。誉田もそうした一人として、卒業後すぐに樺太庁に就職し、若き森林テクノクラートとして、北緯50度線にほど近い東岸の町、敷香(現・ポロナイスク)に着任した。

『観光の敷香』表紙(出典:敷香商工会『観光の敷香』、1937年発行、北海道立図書館所蔵)

当時、敷香の町は人口3万人。新鋭の王子製紙系列の日本人絹パルプ敷香工場が新設され、木材景気に沸いていた。人絹(人造絹糸)はレーヨンの和名である。敷香工場は日本における初のレーヨン実用化国産工場だった。樺太庁敷香林務所は、この新鋭工場への素材調達を目的として、職員を大幅に増員した。誉田はそうした若手戦力の一人として、着任したわけである。敷香の町を流れる大河、幌内川(現・ポロナイ川)上流のエゾマツ、トドマツを原料として、年産4.5万トンのレーヨンと年産2.5万トンのクラフト紙が工場では生産された。

2015年の旅では、誉田が若き日を過ごしたポロナイスクにも本当は訪れたかった。だが、夜行列車のこの町の発着時刻が真夜中で、暗闇の中、見知らぬ異国の駅に放り出されることに気後れし、あきらめた。再度サハリンを訪れることができた折には、今度こそ、誉田の面影を探しながら、ポロナイスクの町を歩いてみたい。(国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 林業経営・政策研究領域長 山本伸幸)

『森林と時間』
山本伸幸編、新泉社刊
樹木の生命は数十年、数百年に及ぶ。森林と地域の持続的な関係の構築には長期の時間スケールが不可欠だが、一人の人間の一生では抱えきることができない。次世代への継承の困難さが増す農山村を見据え、人びとが地域の森林に刻んだ歴史を道しるべに、森と人のよりよい関係の未来像を探る。
<目次>
序章 森林の時間と人の時間 山本伸幸
第1章 山造りに出会った人びと 島﨑洋路と森林塾 三木敦朗
第2章 山村社会の継承と女性のライフコース 栃木県の山村の二〇〇年にみる女性たちの歩み 山本美穂
第3章 山と川と共に暮らす集落と住民の生活史 竹本太郎・佐藤周平・松村 菖
第4章 福島県浜通りの近代と森林・断章 山本伸幸
第5章 紙・パルプ産業と地域持続性の懸隔 王子製紙山林部の展開と現場作業組織の相互連関 早舩真智
第6章 赤井学校の時代 ある地方大学にみる国産材供給整備の源流 奥山洋一郎
第7章 森林管理の当事者性と専門性 林政の変遷と天竜・富士南麓にみる地域実践 志賀和人
終章 森林と人の関係を紡ぎ直し続けるために 山本伸幸

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