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【神主の目線】「祓」が生むオープンイノベーション ─ 社会関係資本を流動化させる森の役割289

[The Priest’s View] Open Innovation Created by "Harae" – The Role of Forests in Facilitating the Flow of Social Capital

Updated by 青木和洋 on April 30, 2026, 10:10 AM JST

青木和洋

Kazuhiro AOKI

株式会社WSense 代表取締役 / DELTA SENSE 製作委員会

株式会社WSense 代表取締役 / DELTA SENSE 製作委員会 福島県会津若松市出身。華道/茶道/能楽を嗜む家柄で、幼い頃から日本文化に触れて来ました。木に興味を持ち始めたのは、宮大工の「カンナ削り」を目撃して業の奥深さに気付かされた時から。現在は神主として得た知見を基に公益に繋がる取り組みを推進中。東京青年会議所所属 / 大学院卒、MBA(経営学修士)取得 / 4歳の頃からボーイスカウトとサッカーも両立中。DELTA SENSE 公式HP 株式会社WSense

※前回のコラムはこちら
【神主の目線】分断された森と都市をつなぐ「産霊」の経済学 — 匿名のサプライチェーンから共創と循環へ

【この記事のポイント】
課題(気枯れ): 現代の組織や地域が抱える「イノベーションの枯渇」は、人間関係や慣習が固定化・滞留した「社会関係資本の目詰まり」に起因している。
視座(祓え): 神道における「祓(はらえ)」とは、単なる精神の浄化ではなく、過剰なものを引き算し、新しい価値が流れ込む「余白」を構造的に作り出すシステムである。
実践(媒介としての森): 森林(鎮守の森)を、肩書きやヒエラルキーが無効化される「アジール(中立・自由領域)」として活用することで、組織のよどみを絶ち、異質な知が交わる真のオープンイノベーションを起動させる。

イノベーションの停滞と「気枯れ」の構造

前回のコラムにおいて、都市と森、あるいは異なる企業同士が、単なる取引(サプライチェーン)を超えて「産霊(むすび=新しい価値の共創)」へと至る必要性を論じました。しかし、現場でオープンイノベーションや地域創生を推進する方々であれば、ひとつの残酷な真実に直面しているはずです。 それは、「素晴らしいリソースを持つ者同士を引き合わせても、必ずしもイノベーションは起きない」という事実です。

なぜ、共創は絵に描いた餅になりやすいのか。その根本的な原因は、双方の組織に蓄積された「過去の成功体験」「業界の常識」「固定化された人間関係」が、新しい知の流入を無意識に拒絶しているからです。経営学において「組織の硬直化」と呼ばれるこの現象を、神道のレンズを通すと、ひとつの明快な言葉に変換されます。 それが「気枯れ(けがれ)」です。

一般に「穢れ」と書くと、不浄なものや汚いものを連想しがちですが、その本質は「気(生命力やエネルギー)が枯渇し、滞留している状態」を指します。 閉鎖的な組織やコミュニティでは、同じ人間が、同じルールの下で、同じ思考を繰り返します。そこにある社会関係資本(ソーシャルキャピタル)は、豊かに見えても実は水が循環しない「溜め池」のように澱んでおり、新たなエネルギーが生まれません。この「気枯れ」の状態のまま、外部からどれほど優れたアイデア(種)を蒔いても、決して芽吹くことはないのです。

「祓」のメカニズム ── 引き算から生まれるオープンイノベーション

この滞留した「気枯れ」の状態を打破し、再びエネルギーを流動化させるための構造的なシステム。それが「祓(はらえ)」です。神道における祓は、何か新しいものを「足す」行為ではなく、滞りを取り除き、本来の清らかな状態(ゼロベース)へと「戻す」ための引き算の作法です。不要な執着や思い込みを削ぎ落とし、そこに新しい風や光が入り込む「余白(スペース)」を作り出すこと。

これは、森林経営における「間伐」と全く同じメカニズムを持っています。手入れされず、木々が過密になった人工林は、太陽の光が地表に届かず、下層植生が育たない「気枯れ」の森です。そこに間伐という「引き算」を施すことで、初めて風が抜け、光が差し込み、多様な動植物の命が循環し始めます。

イノベーションにおける「祓」も同様です。組織の壁、不要なプライド、前提となっている過去のルールの「間伐」を行わなければ、外部の異質な知恵(オープンイノベーション)が入る隙間はありません。つまり、「産霊(むすび=共創)」を起こすためには、その前提条件として、必ず「祓(はらえ=空間の創出)」というシステムが機能していなければならないのです。

媒介としての森 ── ヒエラルキーを無効化する「アジール」

では、現代のビジネスパーソンや地域社会において、この「祓」をどこで行うべきか。私は、「森」という空間そのものが、最強の祓の装置になると考えています。

都市の会議室では、私たちは常に「社長」「部長」「専門家」といった「肩書き(鎧)」を着込んでいます。この鎧を着たままでのオープンイノベーションは、単なる利害調整の場に成り下がります。しかし、ひとたび森の中に入ればどうでしょう。巨大な樹木や、人間の都合などお構いなしに流れる自然の法則の前に立つと、都市で纏っていた肩書きやヒエラルキーは突如として無効化されます。圧倒的な自然資本の前では、誰もが一人の小さな人間に立ち返らざるを得ないからです。

社会学や歴史学において、世俗の権力や支配が及ばない中立的・自由な領域を「アジール(避難所・聖域)」と呼びます。かつての日本の「鎮守の森」は、まさにこのアジールの機能を持っていました。 森というアジールに入ることで、人々は一度世俗のしがらみを「祓い」、フラットな状態(ゼロ)へとリセットされる。この中立な精神的土壌が整って初めて、都市のスタートアップ企業と地域の伝統産業といった、全く文脈の異なる者同士の「真の対話」が可能になるのです。森は、滞留した社会関係資本を攪拌し、流動化させる「触媒」として機能するのです。

実践:社会関係資本の流動化を促す「対話の作法」

とはいえ、ただ物理的に森へ行けば自動的に「祓」が完了するわけではありません。肩書きを下ろし、凝り固まった思考をほぐすためには、その空間にふさわしい「作法(インターフェース)」が必要です。

私たちが木質カードゲーム「DELTA SENSE」というツールを用いている最大の理由も、実はここにあります。このカードは、単なるコミュニケーションツールにとどまらず、小さな「祓の装置」としての役割を担っています。 木の香りや手触り(依り代)によって身体感覚を呼び覚まし、祝詞から着想を得た抽象的な言葉と象徴を前にすることで、参加者は「正解を出さなければならない」というビジネス上の呪縛から解放されます。「分からないものを、分からないまま語る」という余白の中で、自身の奥底に滞留していた本音や、組織の前提を疑う問いが自然と引き出されていく。

葛飾区などの地域社会において、異なる産業のリーダーたちを引き合わせる際にも、この「祓(リセット)」の作法は欠かせません。既存の利害関係を一度カードの上の盤面に預け、全く新しい造語(共通言語)を共に生み出すプロセスを経ることで、澱んでいた関係性が流れ出し、オープンイノベーションに向けたしなやかな社会関係資本へと変質していくのです。

結語:よどみを絶ち、森と社会の血流を回す

森づくりと組織づくりは、フラクタル(自己相似的)な関係にあります。過密になり光を失った森は、既存事業に縛られイノベーションを失った組織そのものです。森における「間伐」が、生態系の血流を取り戻すための祓であるならば、社会における「祓」は、組織のしがらみを断ち切り、新たな知を招き入れるための間伐に他なりません。

「中今(なかいま)」の視座で過去と未来の責任を引き受け、「惟神(かんながら)」の理で還流の制度を整える。 そして、都市と森が「産霊(むすび)」による共創の果実を得るためには、その土壌として、森というアジールを活用した「祓(はらえ)」の実践が不可欠です。

社会関係資本のよどみを絶ち、もう一度、人と人、人と自然の間に清らかな血流を回すこと。それこそが、神道という日本の基層文化から導き出される、最も根源的で、最も先端的な「イノベーションの作法」と言えるのではないでしょうか。私たちに必要なのは、新しい何かを足すことではなく、森の前に立ち、余白を取り戻すことなのです。(株式会社WSense 代表取締役 / DELTA SENSE 製作委員会 青木 和洋)

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