Characterization that reveals the characteristics and properties of plants is important
Updated by 山田竜彦 on July 08, 2025, 4:00 PM JST
Tatsuhiko YAMADA
国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所
国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 上席研究員/バイオマスベースのマテリアル開発を進める科学者。森林由来の新素材「改質リグニン」の開発者として知られる。1998年 東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 博士号取得、筑波大学連携大学院教授や東京工科大学客員教授を兼務し、学術分野の活動に従事する一方で、2019年に新産業創出のためのコンソーシアム「リグニンネットワーク」を設立し代表を勤める。2023年には(株)木質素研究所(リグニンラボ)を立ち上げて取締役CTOに就任し、プレーヤーとしても活動中。
化石資源への代替にバイオマスを活用する試みが盛んに検討されているが、この種の取り組みは過去にも何回かブームがあったようだ。木材を原料とした液体燃料の製造などは第2次世界大戦の前後からも多数の試みが世界で行われていたようで、近年では、2000年代初頭あたりからバイオマス由来のいわゆるバイオエタノールの製造が盛んに検討されていた。
この頃は特に、でんぷんなどの可食の糖類由来のバイオエタノールのみでなく、セルロース由来のもの、すなわち木材そのものや、バガスやコーンストーバー(トウモロコシの茎や穂軸)など非可食部を原料とした、いわゆる第2世代バイオエタノール開発として内外で盛んに検討された。
筆者がノースカロライナ州立大学(NCSU)の研究員であった2003年から2005年の間にも、その波がおしよせ、最初は遺伝子組換え樹木の迅速分析のツール開発のプログラムに従事していたが、2004年後半からは第2世代バイオエタノール製造の前処理プロジェクトにも従事することとなった。これも米国内でも技術の確立が急務な状態を背景にしたものと思われる。
米国でのバイオエタノールの開発はエネルギー省(DOE)の施策によるところが大きく、この種の検討で有名なDOE管轄の研究所として、国立再生可能エネルギー研究所(NREL)があり、早くから巨大なパイロットプラントレベルでの検討が進められていた。
実をいうと筆者は学生のころから、この分野の最先端研究所であるNRELに入りたく、売り込みをしていた時期もあったが、同時多発テロの影響で頓挫し、追って幸いにNCSUへのご縁を得たので実現しなかった経緯を持つ。その後、友人がNRELの研究員に採用されたことなどもあり2010年前後に何度か訪問している。
前置きが長くなったが、NRELの取り組みで特筆すべきは、原料そのものを良く知るための検討に専念する部門を設け、専門の研究者を配置するなど、相当の力が注がれていた点である。原料バイオマスの特徴や性質を明らかにする取り組み、すなわち「キャラクタリゼーション」が重要視されていた。
よくある植物バイオマスの分類においては針葉樹、広葉樹、草本類があるが、それらの組織や成分組成は植物種ごとに多様である。例えば酵素糖化法でバイオエタノールを製造する際は、細胞壁中でセルロース鎖を覆っているリグニンと総称される芳香族系高分子を除去、もしくは、いくぶんか叩いて分解し、酵素が作用できる程度にほぐす必要がある。これがいわゆる前処理である。
当時、NRELの最大のターゲットが典型的な草本系バイオマスであるコーンストーバーであったためか、メインの前処理は希酸処理とされた。NRELによると希酸処理が有効なバイオマスは、草本類だけでなく、なんと広葉樹チップも含まれ、実際に変換試験が行われていた。一方で、当時のNRELでは針葉樹がバイオエタノールの対象から除外されていたのだ。それは、針葉樹中のリグニンは、本質的に通常の希酸処理では分解し辛いためである。つまり適しない植物を無理に変換する方向性を深追いすることはしないわけだ。
そこで、針葉樹材は熱分解による液化、もしくはガス化の対象資源として明確に整理されていた。このような明快な整理が行われたのは、バイオマスの特徴や性質を明らかにする取り組み、いわゆるキャラクタリゼーションが機能したためである。
残念なことに、植物系バイオマスはどれも、セルロース、ヘミセルロース、リグニンで構成される一様なものと解釈する誤解が多いと感じる。しかし現実は、処理技術と植物の種類には適不適が存在する。バイオエタノール製造の前処理の例で整理すると、広葉樹と草本類は「被子植物」に属するが、針葉樹は「裸子植物」であるので、上記の希酸処理などは被子植物に有効だが、裸子植物に効果をもたらさないと整理できる。
私たちは樹木か草本か、はたまた森林か農地かなどで整理しがちだが、バイオマス成分の利用においては、裸子植物(針葉樹)か被子植物(広葉樹、草本類、作物など)の違いの方がはるかに重要な事項となる。
成分においても、3大主成分のうち、構造が明確な化合物といえるのはセルロースだけで、残念ながらヘミセルロースやリグニンは総称にすぎず、実際に様々な種類のヘミセルロースやリグニンが存在する。幸いなことにヘミセルロースは糖構造のみから構成されているため、簡単な加水分解だけで構成する糖を完全に解析することができる。
一方、リグニンはベンゼン環から構成される高分子であるが、一様でなく構成単位に完全分解することもできないため、分析技術の進んだ現在でも完全な構造解析が達成されていない。余談だが、リグニンの構造の複雑さや未解明な部分があることで材料利用が困難になっているとの見解があるが、それは典型的な誤解であろう。構造に未解明な部分があっても毎回同じ未解明構造で毎回同じ物性が担保できれば、工業用素材として成立するわけで、そのような天然物は沢山存在する。
リグニンの材料利用の問題点は、多様性によるばらつき、そして取り出す際の無秩序な変質にある。特筆すべきは、リグニンの組成のばらつきが、バイオマスそのものの反応性に大きく影響している点であろう。
バイオマスを成分利用する技術をオイルリファイナリーに習い、バイオリファイナリーと呼ばれる。様々なバイオリファイナリーが検討されているが、リグニンの違いなどにより原料バイオマスの適不適が存在することとなる。したがって、原料バイオマスそのものを知ることが必要で、そのためのキャラクタリゼーションは最も重要な検討事項である。次回以降では、原料バイオマスの特徴や成分組成についてより深く考察してゆく。(国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 上席研究員 山田竜彦)