The power of wood shines at the Paris Olympics: Designing a sustainable cycle from forest to city and city to forest
Updated by 金本望 on November 05, 2025, 9:22 PM JST
Nozomi KANEMOTO
株式会社リーフレイン
2021年(一社)日本森林技術協会に入協。ODA事業森林分野に複数従事し、GHG排出削減量の計算やプロジェクト運営管理を担当。2024年に独立し、現在はフランスを拠点として森林分野で活動中。
2024年に開催されたパリ五輪。華やかで独創的な開会式の演出や、接戦を繰り広げた選手たちの活躍は、今も多くの人の心に残っているのではないでしょうか。この大会は、国際的なスポーツの祭典にとどまらず、環境負荷の最小化を掲げた「史上最もサステナブルな五輪(※1)」としても注目を集めました。その一角を担ったのが、木材を中心に据えた建築アプローチです。
選手村として整備されたヴィラージュ・デ・ザトレ(Village des Athlètes)では、高さ28メートル未満の建物において、構造材に100%木材が採用されました(※2)。使用された木材は、環境に配慮して管理された森林から調達され、そのうち少なくとも30%がフランス国内産です(※3)。

また、アクアティクスセンター(Centre Aquatique Olympique)では、約90mの木製梁を備えた壮大な木造フレームを採用。この建築は、デザイン性と機能性を両立させるとともに、建物自体が炭素を固定する役割を果たしています(※4)。
さらに、臨時施設として建設されたグラン・パレ・エフェメール(Grand Palais Ephémère)も、フレームには木材が選ばれました。10,000平方メートル(※5)の敷地にある仮設建造物を木製アーチで支え、いずれも認証済みの持続可能な方法で管理された森林から得た木材が使用されました(※6)。

これらの取り組みは、持続可能な木材利用を通じて林業の活性化や地域経済の発展を促進すると同時に、環境負荷の低減と建築の機能性を両立させるモデルケースといえるでしょう。
※参照1:Internatinal Olympic Committee(2025年10月31日閲覧)
※参照2:SOLIDÉO(SOCIÉTÉ DE LIVRAISON DES QUVRAGES OLYMPIQUES) 『LE VILLAGE DES ATHLÈTES』P14(2025年10月31日閲覧)
※参照3:ICADE(2025年10月31日閲覧)
※参照4:Centre aquatique Olympique(2025年10月31日閲覧)
※参照5:les bois lamelles(2025年10月31日閲覧)
※参照6:GL events(2025年10月31日閲覧)
フランスでは、森林管理が国家レベルで長く制度化されてきました。1346年のブルノワ勅令では伐採の計画的実施が定められ、1827年の森林法では国有林の再生と保護が明記されました(※7)。
1965〜66年にフランス国有林庁(Office national des forêts/ONF)設立以降、公有林の効率的管理とともに生物多様性保全やレクリエーション利用も重視されるようになり、森林の多面的な価値が制度として保護されています(※8)。
2010年代以降は建築物の環境基準も強化され、2022年施行のRE2020(Réglementation Environnementale 2020)(※9)では、建物のライフサイクル全体での環境負荷を評価し、木材など低炭素資材の利用が政策的に後押しされています (※10)。
こうした制度の背景には、持続可能な森林管理を通じて森を守る思想が存在します。フランスの公有林の多くは、PEFCやFSC(R)認証を取得した森林で管理され、伐採・利用・再生のサイクルを通じて森林資源を長期的に維持しています(※11)。
※参照7:Office National des Forêts(2025年10月31日閲覧)
※参照8:Office National des Forêts(2025年10月31日閲覧)
※参照9:MINISTÈRES TRANSITION ÉCOLOGIQUE TRANSPORTS AMÉNAGEMENT DU TERRITOIRE VILLE ET LOGEMENT(2025年10月31日閲覧)
※参照10:L’institut technologique FCBA(2025年10月31日閲覧)
※参照11:Office National des Forêts(2025年10月31日閲覧)
当メディア「森林循環経済」が提唱するビジョン(2025年5月7日掲載記事『木を切ることは悪なのか?老いた森を若返らせよう―日本の森林が支える循環社会(2)』)と、パリ五輪を事例としたフランスの取り組みには共通点がみられます。それは「森から都市へ」「都市から森へ」という双方向の資源循環です。
木を伐り、製材や家具、エネルギー利用などさまざまな形で活用し、やがて再利用や植林を通じて森に還す。この循環を産業・経済・文化の中に組み込むことが、脱炭素社会の基盤をつくります。持続的な社会と森林管理が有機的に結びつき、木材の国内循環を生むことで、地域経済の活性化や炭素固定にも貢献しているのです。

日本は世界有数の森林国でありながら、木材需要の多くを輸入に依存しています。国内には資源があるにもかかわらず、伐採・加工・利用・再生のサイクルが十分に機能せず、森林が放置される事例も少なくありません。林野庁によれば、日本の人工林は成長過程で未利用のまま蓄積しており、50年以上経過した成熟林が半数以上を占めています。
フランスの事例から学べるのは、認証材利用の徹底と木造建築などを通じた国内材需要の創出です。これらの取り組みは、森林資源の循環活用、地域産業振興、気候変動対策の三つを同時に実現する道筋となります。
都市が森を想い、森が都市を支える──この双方向の関係を制度や経済活動として定着させることが、次世代の持続可能な社会を形づくる鍵となるでしょう。(株式会社リーフレイン 森林コンサルタント 金本望)