[The Priest’s View] The Economics of "Musuhi" that Connects Divided Forests and Cities
Updated by 青木和洋 on March 24, 2026, 10:30 AM JST
Kazuhiro AOKI
株式会社WSense 代表取締役 / DELTA SENSE 製作委員会
株式会社WSense 代表取締役 / DELTA SENSE 製作委員会 福島県会津若松市出身。華道/茶道/能楽を嗜む家柄で、幼い頃から日本文化に触れて来ました。木に興味を持ち始めたのは、宮大工の「カンナ削り」を目撃して業の奥深さに気付かされた時から。現在は神主として得た知見を基に公益に繋がる取り組みを推進中。東京青年会議所所属 / 大学院卒、MBA(経営学修士)取得 / 4歳の頃からボーイスカウトとサッカーも両立中。DELTA SENSE 公式HP 株式会社WSense
※前回のコラムはこちら
【神主の目線】森林循環の作法として、還流を取り戻す「惟神」の理
【この記事のポイント】
課題: 現代の林業は、都市と森が「買い手と売り手」として匿名で取引するサプライチェーンの分断(責任とコストの外部化)に直面している。
視座: 神道の「産霊(むすひ)」の概念を導入し、単なる等価交換ではなく、異なる資源を掛け合わせて新たな価値を「生成」するアプローチが必要である。
実践: 森林を「木材生産工場(自然資本)」としてだけでなく、都市の企業や人々が対話し共創する「社会関係資本のハブ」へと再定義し、直接的な関係性を構築することで真の循環経済(サーキュラーエコノミー)を起動させるべき時が来ている。
これまでの連載では、「中今(なかいま)」という視点で過去から未来へ連なる時間的な責任の分断を論じ、「惟神(かんながら)」という視点を用いて、森を一直線のサプライチェーン(供給の鎖)ではなく、価値と資金が森へ戻る「還流の輪(制度)」として再設計する必要性を語ってきました。
しかし、森林に関わる専門家や現場の最前線で戦う方々であれば、制度やルールという「器」を作っただけでは、決して真の循環が起動しないことを痛感しているはずです。なぜなら、現在の森(生産地)と都市(消費地)の間には、決定的な関係性の欠如——「匿名性による分断」が横たわっているからです。
現代の市場経済において、都市の企業や消費者は、木材やJ-クレジットを「商品」として金銭で買い取ります。山の事業者はそれを「納品」します。この関係性は、極めて合理的な「取引」です。しかし、取引という鎖は、景気が悪化すればいとも簡単に断ち切られ、海外産のより安い代替品が現れれば瞬時に乗り換えられてしまいます。森林資源を単なるコモディティ(代替可能な日用品)として扱う限り、限界費用を削り合う価格競争に陥り、再造林や長期的な森づくりに不可欠なコストは常に外部化(切り捨て)されてしまうのです。
この脆弱で冷たい鎖を、太く、しなやかで、決して切れない「絆」へと変容させるためにはどうすればよいのか。ここで私たちにヒントをもたらすものが、神道の「産霊(むすひ/むすび)」という概念です。

「むすひ」という言葉から、多くの人は切れた紐と紐を繋ぎ合わせるような情景を思い浮かべるかもしれません。しかし、神道における「産霊」は、単なる物理的な接着や、等価交換を意味するものではありません。
「産(むす)」は、苔が「生す(むす)」ように、あるいは息吹が生まれるように、新しい命や価値が自然と発生する動的な状態を表します。「霊(ひ)」は、目に見えない神秘的な働きやエネルギーのことです。つまり産霊とは、「異なる二つの要素が深く交わり、そこにこれまで存在しなかった全く新しい命や価値が生成されるダイナミズム」を指します。
イザナギとイザナミという二柱の神の交わりから日本の国土が生まれたように、神道の創造は常に「他者との直接的な関わり」から始まります。単独で何かを作るのではなく、掛け合わせることで未知のものを生み出す。これが産霊の本質です。
これを現代の森林循環経済、とりわけ都市と地方の関係性に置き換えるとどうなるでしょうか。それは、都市と森が「買い手と売り手」として対峙するのではなく、互いの持つ資源(資金、テクノロジー、人材、そして自然資本)を掛け合わせ、新しい事業や文化、関係性を「共創」するプロセスそのものです。単なるCSR(企業の社会的責任)としての免罪符的な資金提供ではなく、CSV(共有価値の創造)へと踏み込む「産霊の経済学」が、今まさに求められているのです。
では、分断された森と都市の間に、どうやって産霊を起こすのか。その第一歩は、徹底した効率化の波の中で省かれてきた「対話」と「直接的な関わり」の回復に他なりません。
この「直接的な関わり」がいかに重要か。私自身が開発を手掛ける、祝詞に着想を得た「世界初」の木で作られたカードゲーム「DELTA SENSE」の事業展開においても、この産霊の哲学を経営の核に据えています。皆様には少し意外に思われるかもしれませんが、実はこのプロダクトは、一般の小売流通(リテール展開)に乗せることを意図的に見送る決断をしています。

不特定多数に向けて商品を大量に棚に並べ、匿名での消費を促す小売のモデルは、確かに短期的なスケールは望めます。しかし、そこに「産霊(新たな価値の生成)」は起きません。プロダクトが単なる「モノ」として消費され、作られた意図や森の背景が捨象されてしまうからです。 だからこそ、私たちは体験会や企業研修、教育現場といった「直接対話できる場」での活用にこだわっています。時間をかけ、ファシリテーターを介し、参加者自身の内なる言葉を引き出しながら、一緒に「まだ名前のない価値」に名前を与えていく。この非効率とも言えるプロセスの中にこそ、人と人、人と森を結びつける「産霊」が起動するからです。
これからの林業や木材産業が直面する課題も、本質は全く同じです。 森で育まれた木を、匿名の市場に安価な素材として流し込むビジネスモデルは、すでに制度疲労を起こしています。都市の企業が「環境貢献のために国産材を何トン買いました」という数字の報告で終わるのではなく、社員が実際にその森へ入り、木に触れ、現地の林業家と言葉を交わす。獣害、担い手不足、放置林といった森のリアルな課題を「自社の課題」として捉え、自社の持つリソースを用いて共に解決策を練り上げる。 この顔の見える関係性、つまり「匿名性の拒絶」こそが、取引を共創へと昇華させる唯一の道なのです。
産霊の視点を持てば、森という空間の定義は劇的に拡張されます。 これからの時代、森の価値は「どれだけの立方を生産できるか(木材生産機能)」や「どれだけの炭素を固定できるか(環境保全機能)」という自然資本の枠組みだけで測ることはできません。森は、人と人が出会い、対話し、新たな価値を生み出すための「社会関係資本(ソーシャルキャピタル)の交差点」へと再定義されるべきです。
都市の企業にとっては、正解のない時代を生き抜くためのレジリエンスや創造性を育む、かけがえのない研修や木育の「場」となります。 地方・地域にとっては、単に労働力不足を補うだけでなく、新しい知見と情熱を持った「関係人口」を持続的に呼び込むための強靭な入り口となります。 そして森自身にとっては、補助金や市況に左右されない、未来の手入れを共に担ってくれる力強い「共創のパートナー」を得ることになるのです。
では最後に、神主の目線から紐解いてきた神道と森林循環経済について、記事で語られて来た内容を繋ぎ合わせてみます。
まず、「祝詞(のりと)」のように言葉を尽くして課題への注意を喚起し、木という「依り代(よりしろ)」に触れることで、現代人が失った「間(ま)」と呼吸を取り戻す。 次に、「中今(なかいま)」の視点に立ち、過去の先人たちの苦労を未来の世代へ手渡すための責任の所在を明らかにする。 そして、その責任を精神論で終わらせず、「惟神(かんながら)」の理に従って、利益と価値が森へと確実に還流する「制度」として設計する。 最後に、その器の中に「産霊(むすび)」の力をもって、都市と森の間に顔の見える共創の関係性を生み出し、永続的な循環の血を通わせる。
これらの一連の作法は、決して古臭い精神論ではありません。極めて現代的で、かつ本質的なソーシャルデザインのフレームワークです。

乾いた取引の鎖を解き、森と都市を再び生きた関係で結び直すこと。 そのための対話のテーブルに、私たちは何を乗せるべきか。木に触れ、互いの奥にある本音に耳を澄ませる時間が、今ほど求められている時代はありません。私たちが進めるDELTA SENSEを通じた対話の場づくりも、専門家の皆様が最前線で挑む森林での協働も、すべてはその「結び目」を作るための確かな一歩です。
共に、産霊の森を育てていきましょう。(株式会社WSense 代表取締役 / DELTA SENSE 製作委員会 青木 和洋)