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1943年の幼児雑誌に描かれた木炭 戦時下の石油代替として注目された森林資源295

Charcoal depicted in a children's magazine from 1943; forest resources that attracted attention as a substitute for oil during wartime.

Updated by 山本伸幸 on May 13, 2026, 9:15 PM JST

山本伸幸

Nobuyuki YAMAMOTO

国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所

国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 林業経営・政策研究領域主任研究員/専門は森林政策、林業経済。近年の研究テーマは近代化と森林・林業。著書に『森林と時間 森をめぐる地域の社会史』、『地域森林管理の長期持続性 欧州・日本の100年から読み解く未来』、『森林管理制度論』など。「森林管理制度の近代化過程に関する研究」(林業経済学会賞(学術賞))、「日本における森林計画制度の起源」(日本森林学会論文賞)受賞。

東京のJR山手線駒込駅にほど近い六義園は、柳沢吉保が造園した名園として名高い。明治には三菱創業者の岩崎彌太郎所有となった後、東京市に寄贈され、戦後には国の特別名勝に指定された。季節ごとに変わる色とりどりの景色で今も人々を楽しませるが、とりわけ、春のしだれ桜は有名である。この六義園南側の正門横に接した細い通りを挟んで、今回取り上げるフレーベル館の3階建ての社屋がある。

フレーベル館は1907(明治40)年に白丸屋として創業。翌年、幼稚園の生みの親である、ドイツの幼児教育家フリードリヒ・フレーベルに因む現在の社名に改称され、これまでに、絵本・児童書出版や幼児教育、保育用品販売など、幅広く事業を展開してきた。最近だと、NHKの朝ドラでも注目を集めた、やなせたかしの「アンパンマン」シリーズを刊行したことで名前を知る人も多かろう。

戦時中は『観察絵本 ミクニノコドモ』に改名

「子どもたちの健やかな育ちを支える知と感性にあふれた豊かな価値を創造し社会に貢献」することを企業理念に掲げ、フレーベル館は時代を切り拓いてきた。なかでも、1927(昭和2)年に本邦初の保育絵本と銘打ち発刊された『観察絵本 キンダーブック』は、幼児雑誌の草分けであり、現在も毎月刊行される同社の象徴的な存在である。

昭和から平成、令和と綿々と刊行されてきた同シリーズだが、アジア・太平洋戦争中の1942(昭和17)年4月号以降、英米文化排撃、敵性語排斥の当時の国を挙げた運動の中、誌名を『観察絵本 ミクニノコドモ』、社名も日本保育館へと改名することを余儀なくされた。取り上げられる題目も、「マンシウ」、「タタカフ カイグン」、「ボクラ モ シングン」といったように、戦時下の空気を色濃く反映したものとなった。雑誌は1944(昭和19)年2月号を最後に終刊、日本保育館も休業となった。現在の『観察絵本 キンダーブック』は、敗戦後に再建されたフレーベル館が新たに復刊したものである。

石油代替として木質資源に注目

周知のとおり、アジア・太平洋戦争は石油資源の争奪戦でもあった。石油に乏しい日本は様々な方策に奔走したが、代替資源としての木質資源への注目もその一つであった。従来からの材としての物理的利用に加え、木炭ガスや松根油といった化学的利用が国策として推進された。軍部の後押しもあり、この時期、大学や国立林試などで林産部門が増強された。

『観察絵本 ミクニノコドモ』の1943年11月号と12月号は、「スミヤク オウチ」、「キ カラ フネ ヘ」と題し、2号連続で林業がテーマである。それぞれの号の見返しには保護者向けの説明文が掲載されるが、11月号では、前東京営林局長・大政翼賛会實踐局経済第二部長の須田立が、「一塊の炭 一片の薪」と題し、戦時重要物資としての薪炭の重要性を説く。また、12月号では、元農林技師で日本木造船組合連合會専務理事の高島三郎が、「木材からお船へ」という文章の中で、大東亜共栄圏として拡大した占領地の豊富な資源に言及する。高島の説明文に続く12月号の本文はこんな書き出しで始まる。

オヤマノ キモ、センソウニ、イクコトニ ナリマシタ。二百ネンモ 三百ネンモ トシトッタ キガ、イマ オクニノ オヤクニ タツトキガ キタノデス。

木炭は戦時下の日本を支える重要な柱の一つに

2024年に刊行された『森林と時間 森をめぐる地域の社会史』(新泉社)の中の拙稿「福島県浜通りの近代と森林・断章」では、当時、「製炭のメッカ」と言われた富岡営林署のエピソードと併せて、『観察絵本 ミクニノコドモ』についても触れられている。実は、11月号の「スミヤク オウチ」は、私が題材とした戦時下の木戸営林署に取材して、制作されたものだった。

「戦ふ炭焼の 人々を訪ねて」と題した付録冊子の保護者向け解説には、木戸営林署での戦時下の木炭生産事情などが詳細に綴られ、保護者を通した子供たちへの啓蒙が意図されていたことがわかる。生活の隅々まで戦争が忍び込む中、木炭は戦時下の日本を支える重要な柱の一つであった。

「文字を自由に読むことの出来ない幼児の為に、絵画を以て描かれたる、統一あり、連絡ある一冊の単行書籍」(『フレーベル館100年史』2008年:47頁)を創刊趣旨に掲げた本誌は、製炭を取り上げたこの号でも、美しい水彩画と文章で木炭生産を写実的に描き出す。一方で、12月号と同様に、11月号の本文にも銃後の世相が滲む。

センソウニ カツタメニハ タイセツナモノガ タクサンニ イリマス。ソノ 一ツニ スミガ アリマス。

80数年前、日本の森林や樹木は、ただただ国家の戦争に資するために在った。

世界は今、理不尽な戦争の惨劇とそれによって引き起こされた石油価格高騰をはじめとした経済、社会の混乱の渦中にある。平時から戦時への幼児雑誌の瞬く間の変容は、現在を生きる私たちにとって、リアルだ。

『観察絵本 キンダーブック』、『観察絵本 ミクニノコドモ』各号は、国際子ども図書館等に所蔵されるほか、同社刊行のDVDアーカイブで読むことができる。(国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 林業経営・政策研究領域主任研究員 山本伸幸)

『森林と時間』
山本伸幸編、新泉社刊
樹木の生命は数十年、数百年に及ぶ。森林と地域の持続的な関係の構築には長期の時間スケールが不可欠だが、一人の人間の一生では抱えきることができない。次世代への継承の困難さが増す農山村を見据え、人びとが地域の森林に刻んだ歴史を道しるべに、森と人のよりよい関係の未来像を探る。
<目次>
序章 森林の時間と人の時間 山本伸幸
第1章 山造りに出会った人びと 島﨑洋路と森林塾 三木敦朗
第2章 山村社会の継承と女性のライフコース 栃木県の山村の二〇〇年にみる女性たちの歩み 山本美穂
第3章 山と川と共に暮らす集落と住民の生活史 竹本太郎・佐藤周平・松村 菖
第4章 福島県浜通りの近代と森林・断章 山本伸幸
第5章 紙・パルプ産業と地域持続性の懸隔 王子製紙山林部の展開と現場作業組織の相互連関 早舩真智
第6章 赤井学校の時代 ある地方大学にみる国産材供給整備の源流 奥山洋一郎
第7章 森林管理の当事者性と専門性 林政の変遷と天竜・富士南麓にみる地域実践 志賀和人
終章 森林と人の関係を紡ぎ直し続けるために 山本伸幸

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