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原料バイオマスを探る(3) 素材に適した「クッキング」が生む改質リグニン296

Let’s Explore Biomass (3): Modified Lignin Enabled by Material-Specific 'Cooking'

Updated by 山田竜彦 on May 15, 2026, 10:55 AM JST

山田竜彦

Tatsuhiko YAMADA

国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所

国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 上席研究員/バイオマスベースのマテリアル開発を進める科学者。森林由来の新素材「改質リグニン」の開発者として知られる。1998年 東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 博士号取得、筑波大学連携大学院教授や東京工科大学客員教授を兼務し、学術分野の活動に従事する一方で、2019年に新産業創出のためのコンソーシアム「リグニンネットワーク」を設立し代表を勤める。2023年には(株)木質素研究所(リグニンラボ)を立ち上げて取締役CTOに就任し、プレーヤーとしても活動中。

最近、フレンチや和食のコース料理をじっくりいただく機会があり、今更ながら料理という文化の奥深さを体験し始めたところである。フレンチといえば、ドラマ「グランメゾン東京」や映画「グランメゾン・パリ」で、木村拓哉さんがシェフ役として好演されていたのを思い出される。このドラマは、天才的な味覚と料理の腕をもつ主人公が、最高の素材を最適に調理し、ライバルからの妨害を乗り越えながらミシュランの星を獲得するという物語である。見るからに美味しそうな料理が並び、思わず食欲をそそられるが、やはり印象に残るのは「素材に適した調理法」の重要性であった。おいしく料理するには、まず素材を知ることが不可欠なのである。

バイオマスの化学成分を利用するにも、同様に「クッキング」が必要である。例えば、よく知られる成分分離技術として紙パルプ製造法があるが、代表的なものにクラフト蒸解や亜硫酸(サルファイト)蒸解があり、英語ではそれぞれ「クラフトクッキング」、「サルファイトクッキング」と呼ばれる。すなわち、専門用語としても文字通り「クッキング」なのである。ということは、バイオマスの成分利用においても、素材に応じたクッキングが重要であるということになる。素材がサーモンなのに牛肉の料理法を適用するのがナンセンスであるように、例えばタケにスギと同じクッキングを施すこともまた合理的ではない。

この配慮は、プロダクトが高付加価値になるほど重要となる。高級料理に厳選された素材が求められるように、高性能・高機能材料の設計においても、原料の特性理解が不可欠である。

素材と料理法

前回のコラムで述べたように、食材でいう魚と肉の違いは、植物系バイオマスでは裸子植物と被子植物の違いに相当する。木質バイオマスで言えば、針葉樹と広葉樹の違いである。針葉樹は裸子植物であり、古代から存在する植物群であるのに対し、広葉樹は被子植物で比較的新しい植物群である。現在私たちの身の回りにある多くの植物は被子植物であり、多様に分化し進化の最前線にある。一方、裸子植物は三億年以上にわたり地球環境の変動を生き延びてきた、いわば選抜された存在であり、その結果として比較的多様性が低いという特徴をもつ。

工業材料の観点から見ると、原料の多様性が低いことは大きな利点である。特に成分利用においては、原料のばらつきは製品性能のばらつきに直結する。その意味で、成分組成の安定性に優れる針葉樹は有利である。とりわけリグニンは植物種や生育条件に大きく依存するため、針葉樹リグニンは工業材料として扱いやすい。実際、筆者が開発した「改質リグニン」は、スギ材をグリコール中で分解することで、性能の安定した工業材料として利用可能であることを示した例である。

一方で、リグニン利用の研究開発においては、広葉樹リグニンへの関心も高い。これは、アルカリ分解や加水分解において広葉樹リグニンの方が分解しやすく、取り出しやすいという理由による。しかしながら、広葉樹リグニンは樹種間の差異や同一個体内での変動が極めて大きく、構造のばらつきが避けられない。また、複数種類の芳香族ユニットと多様な結合様式をもつため、構造制御が困難である。すなわち、広葉樹リグニンは「取り出しやすいが設計しにくい素材」である。

このため、広葉樹や草本由来リグニンから高性能材料を得ようとする場合、いったんベンゼン環ユニットまで分解し、再構築するアプローチが検討されている。実際、世界的にはリグニンを分解して得られる芳香族モノマーを、BTX(ベンゼン、トルエン、キシレン)などの石油由来化学品の代替とする研究が主流となっている。しかしながら、現状では分解コストや分離精製コストの問題から、商業化には至っていないのが実情である。

クッキングは設計

残念ながら、現実のバイオマス利用においては、この「素材に適したクッキング」が十分に重視されているとは言い難い計画も少なくない。その背景には、既存産業の延長として技術が発展してきたという事情がある。石油化学が均一な原料に最適化されたプロセス設計であるのに対し、バイオマス利用は本来、多様な素材に適応した設計が求められる。それにもかかわらず、石油化学的な発想のままバイオマスを扱うと、多様な素材に対して単一のクッキングを適用するというミスマッチが生じかねない。

料理に例えれば、すべての食材に同じ調理法を適用するようなものである。一定の品質は得られるかもしれないが、素材の持ち味を引き出すことは難しい。バイオマス利用においても同様であり、素材特性を無視した処理は、結果として性能や安定性の制約となる。

重要なのは、「クッキング」とは単なる分離操作ではなく、「分子レベルの設計操作」であるという認識である。加熱条件、溶媒、触媒といったプロセス要素は、リグニンや多糖の化学構造を直接規定する。すなわち、どのようなクッキングを行うかによって、得られる材料の機能が決まるのである。料理において火加減や下ごしらえが味を決定づけるように、バイオマスのクッキングは材料機能そのものを設計する行為に他ならない。

筆者が開発した改質リグニンは、その具体例である。スギ材をグリコール中で酸触媒処理することで、リグニンにグリコール鎖が導入され、熱可塑性を有する機能性材料へと変換される。このプロセスは単なる抽出ではなく、リグニン構造を積極的に設計するクッキングである。従来のように副産物として扱われてきたリグニン部分を、材料として活用することを前提にプロセスを構築した点に本質がある。

これは言い換えれば、「料理法そのものが価値を生む」ということであろう。バイオマス化学において重要なのは、「何を取り出すか」ではなく、「どのように構造を設計するか」である。分離中心の発想から、構造制御に基づく材料設計への転換が求められている。

万能な調理法が存在しないように、すべてのバイオマスに適用できる単一のプロセスも存在しない。素材を理解し、その特性に応じたクッキングを施すこと。それこそが、高性能材料の創出と持続可能な資源利用を両立する鍵であり、森林循環経済を支えるバイオマス化学における重要事項と考えている。(国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 上席研究員 山田竜彦)

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