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マアテ・カナアテ…なぜ石川県の木「アテ」はいくつもの名を持つのか 能登ヒバに見る地域材ブランドの形成241

Maate, Kanaate…Why does Ishikawa Prefecture's tree "ate" have so many names? The formation of a local timber brand as seen in Noto Hiba

Updated by 一二三悠穂 on February 12, 2026, 9:09 PM JST

一二三悠穂

Yuho HIFUMI

石川県

2012年石川県庁に入庁。森林計画や森林GISの担当を経て、農林総合事務所では林業普及指導員として「能登のアテ林業」の林業遺産登録、2024年能登半島地震発生後は「アテ林業・能登ヒバを活用した能登の創造的復興プラットフォーム」の設立に携わる。京都大学大学院で地球環境学修士号を取得。金沢大学能登里山里海マイスター。森林総合監理士(フォレスター)。

植物の名前には地域性(方言)があり、その種が持ち込まれた経緯や資源としての利用の歴史と関係があることが知られている。「日本植物方言集成」には、アスナロ属(Thujopsis)の方言が11種類収録されているが、石川県の「県木」であるヒノキアスナロ(アテ)にも多くの別名が伝わっている。

大正時代の文献に見るアテの系統

アテは、ヒノキアスナロの能登地方での呼び名である。能登のアテは人工林であり、ほとんどの個体は共通の親を持つクローンで遺伝的にいくつかのグループに属するが、その見た目や素性は意外に多種多様で初心者泣かせ(?)である。しかし、材質や成長の違いは木の用途や育林の成否に関わる重要なポイントであり、能登で林業に携わる者(特に能登ヒバを扱う場合)には、これらの品種を見分けられることが大事なことは今も昔も変わらない。

先人達はアテの識別法、材質、使途を的確に記した良書を遺している。大正6年に発行された『あて:羅漢柏(仁瓶、辻)』では、アテの主要3系統について以下のように紹介している。

マアテ(眞档)


葉の鱗片広く、他のものより大にして、叉葉色概して濃し。外皮赤褐色を呈し、幅広く縦裂し偏柏(ヒノキ)に似る。樹幹多くは右方に捩れ、横断面不正。材質堅くにして水湿に耐へ、鉋削の跡美麗にして、光沢強し。

アテの中で最も資源量が多く、輪島市を中心に能登の広い範囲で植えられている。幹は赤褐色でねじれがあり、葉は濃い緑色で鱗片が大きいのが特徴である。マアテは経年による収縮が少なく、漆を塗った面に木理が浮き出ないため漆器素地として最適で、「多年を経過して尚、鏡の如し」と評され、「決して他材を使用することなし」とまで書かれている。品質の良いものは漆器用に、それ以外のものは板に加工して加賀方面へ移出していたようである。

マアテは耐陰性が高く、伏条更新が可能なことから、能登では択伐林経営が行われてきた。代々手入れされてきたアテの山へ行くと、太いアテの根元から細いアテが生えているのを見かける。これは、地際の枝から新たに発根する伏条の跡で、択伐と伏条を繰り返した林分では、同じ場所に樹高の異なるアテが生えて複層林を形成し、独特の林業景観を造り出した。

クサアテ(草档)


葉の鱗片細長にして、距離小なり。其の葉色は概して浅し。外皮灰褐色にして細く縦裂し、杉皮の如くにして、樹幹通直にして捩れることなし。横断面正し。生長最も速かなるが故に、材は柔らかにして粗なり。

クサアテは成長が早いことが名前の由来とされ、樹皮はスギに似た灰色で幹は捻じれず、葉はマアテより鱗片が細かく淡い緑色をしている。クサアテの造林は、薪炭林の伐採跡地に挿し木で造林し単層林に仕立てることが多かったようである。マアテに比べ柔らかく捻じれないため、建材として加工が容易で用途は柱や土台、建具など様々である。

七尾市北部から穴水町にかけて多く植えられ、収穫した材は昔は船で富山方面へ出荷していた。目が粗く材が柔らかいことから「ボヤ」とも呼ばれる。

カナアテ(金档)


葉の鱗片クサアテより短くしてマアテより幅狭く、全形マアテより小なり。葉肉亦た薄く、生長最も遅緩なるが故に、梢頭抽出せず枝篠甚だ長大。樹幹の横断面不正なり。材甚だ堅く、水湿に耐ふること非常にして木理緻密なり。幹の外面、所々凹凸ありて通直ならず。

カナアテは、材の目が詰まっていて堅いことが由来とされる。黒褐色のデコボコした幹が特徴で、葉は鱗片の先端が内側に湾曲する。耐久性が高く、土蔵の床板や木桶など使用期間の長い物に使うのが良いとされ、現在も寺社建築やキリコの材料として需要が高いが、成長が遅く収穫まで年数がかかることから大規模に植林されず、希少価値の高いアテである。

アテは品種系統によって印象ががらりと変わる(左からマアテ、クサアテ、カナアテ)。

クサマキ(草槙・臭槙)
クサマキはヒバを指す南部地方の言葉だが、昔の加賀国では彼の地に倣い「草槙」と称したので、金沢の大工や仏壇職人には「クサマキ」と言った方が通じやすいかもしれない。その訳は、当時日本海沿岸を結ぶ物流の大動脈だった北前船航路と関係がある。藩政期の金沢は大阪、京都に次ぐ規模の大都市で、加賀藩は青森、津軽、秋田の諸藩から大量の用材(スギ、ヒバ)を移入し、金沢城の改築等に充てていた。その量は多い時で年間10万石を超え、60隻を超す船が北陸の湊から遠く離れた下北半島までヒバを求めて往復していたのである。ヒバは耐水性、防蟻性に優れているため、雨が多く湿気の多い北陸の気候では昔から重宝されていた。

能登のアテも丸太や角材、板の状態で金沢に出荷されていたが、流通量ではるかに多いクサマキに混入してしまい、名前は定着しなかったようだ。

旧粟ヶ崎村で廻船業を営んでいた木谷家の当主が航海安全を祈念して神社に奉納した船絵馬。青森で舟宿を営んでいた旧家に同名船の記録が残されている(提供:金沢市教育委員会)。

アスナロ(翌檜)とヒバ(檜葉)
アスナロ属は、北海道から九州まで分布するヒノキ科の常緑針葉樹で、長年アスナロ(T. Dolabrata)の1属1種とされてきたが、栃木県を境に北方系(ヒノキアスナロ)と南方系(アスナロ)の集団に分かれることを、明治時代の林学博士・本田静六が明らかにし、1901年に植物学者の牧野富太郎によって変種「ヒノキアスナロ(T.D. var. Hondae)」が命名されたが、それ以前の日本では、木曽のアスヒ(翌檜)、青森や新潟の檜葉(ひば)、当檜(あてび)は全てアスナロ(阿須奈呂、羅漢柏)のことであるとされてきた。

更に、加賀藩には個人による森林の伐採を禁じる「七木の制」という制度があったが、そこにはアテは登場せず「桧」と書かれていることから、昔の加賀の国ではアテを「桧」と称していた可能性も指摘されている。能登のアテと青森のヒバは分類上は同じヒノキアスナロだが、そのヒバもアスナロやヒノキと同一として扱われていた時代があったのである。

青森のヒバ天然林

能登ヒバ
平成5年にアテの流通時の名称は「能登ヒバ」に統一され、石川県の県産材としてブランド化が進められている。県内の公共施設では、「県の木」である能登ヒバの利用を積極的に進めており、金沢の観光名所である兼六園の雪吊りや金沢城の城門、県立図書館の床や天井など、県内の観光施設や庭園でも能登ヒバは様々な場所に用いられている。

ヒバの材は湿気やシロアリの害に強く、建材として優れた性質を持つことから、能登では、国の重要文化財である上時国家住宅や旧角海家をはじめ、古くから住宅や寺社仏閣に利用されてきた。特に、曲げ強度、縦圧縮、せん断の性能がスギよりも高く、製材としての基準強度を満たしていることが試験により明らかになっており、現代の家づくりにおいても土台や柱のほか、内装や家具など様々な使い方が可能である。また、能登ヒバにはヒノキチオール等の芳香成分が豊富に含まれており、抗菌、消臭効果を特徴としたインテリアや小物類、ヒバの香りを楽しむアロマグッズなど、現代のライフスタイルに合った商品開発も盛んである。

県木としてのステータスや、人にやさしい香りと有効成分、伝統工芸のブランドイメージと相まって、能登ヒバは石川県の木の文化に個性と深みを加えている。

金沢市の老舗木材問屋が製作した「能登ヒバ」のスノーボード。能登ヒバの個性に惹かれた人々の手によって、様々なプロダクト開発が展開している。

自然に学び、活かす知恵を

フォレスターの教科書では、森林管理・森林施業の基本として「合自然性の原則」を挙げており、自然の理と地域の環境について観察を通して学び、その力を活かして森林を育成する事の重要性を説いている。無数にあるアテの中から成長や材質に優れた系統を見出し、その生理、生態を活かした育林技術や材の活用法を編み出した先人の姿勢には学ぶ所が多いように思う。

能登のアテ林業は、2023年に日本森林学会が選定する林業遺産に登録された。地域ごとに複数の系統が選抜され、適材適所で使い分けるなど、アテ林業にまつわる技術や知恵もまた、森とともに未来へ引き継ぐべき遺産”Heritage”である。名前がいくつもあると紛らわしく不便かもしれないが、長い年月、日本人の暮らしや文化とともにあった木だからこそ多くの名が与えられ、それぞれに意味や歴史があるのだから、どれも捨てがたい。(石川県農林水産部森林管理課 一二三 悠穂)

※参考文献
仁瓶平二, 辻敬二(1917)『あて : 羅漢柏』石川縣山林會
斎藤晃吉(1972)『アテ造林史』石川県林業試験場
林野庁 森林総合監理士(フォレスター)基本テキスト(第2部)

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