Redesigning agriculture, forestry, and livestock farming with "power generation and physical AI"
Updated by 小宮山 宏 on April 08, 2026, 6:13 PM JST
Hiroshi KOMIYAMA
(一社)プラチナ構想ネットワーク
東京大学工学部教授、工学系研究科長・工学部長、東京大学総長(第28代)を経て、2009年三菱総合研究所理事長に就任。2010年プラチナ構想ネットワーク会長(2022年 一般社団法人化)。その他、STSフォーラム理事長、一般社団法人超教育協会会長、公益財団法人国連大学協力会理事長、公益財団法人国際科学技術財団会長、一般財団法人 ヒートポンプ・蓄熱センター理事長など。また、ドバイ知識賞(2017年)、イタリア連帯の星勲章(2007年。)や「情報通信月間」総務大臣表彰(2014年)、財界賞特別賞(2016年)、海洋立国推進功労者表彰(2016年)など、国内外の受賞も多数。
私が提唱した「課題先進国」という言葉が、ようやく広く一般に使われるようになりました。ただ、何でもかんでも課題と呼べばいいわけではありません。私が言いたいのは、日本は人口動態や地球環境の問題といった、人類がいずれ直面する極めて大きな課題において、先頭を走っている国の一つだということです。なかでも、全国で拡大する耕作放棄地と深刻な人手不足は、一次産業の持続性を揺るがす構造的な問題だと言えます。重要なのは、これを単なる課題として捉えるのではなく、収益を生む資産へと転換する発想です。作物生産だけでは成立しにくい現状に対し、発電による収益と「フィジカルAI」による省人化を組み合わせることで、農林畜産は“回るビジネス”として再設計できます。個別の対策ではなく、ひとつの設計で複数の制約を同時に解く構造が求められているのです。
日本経済が直面する「供給制約」の本質は、深刻な人手不足にあります。特に農業分野ではその影響が顕著です。1961年に約609万ヘクタールあった日本の農地は現在約420万ヘクタールまで減少し、三菱総研の予測では、2040年には約300万ヘクタールまで減少が続くと見込まれています。
現在、少なくとも50万ヘクタールを超える農地が耕作されずに放置されています。全農耕地の1割を超える土地が使われていないという事実は、単なる農業の停滞ではありません。地域経済の疲弊、エネルギー自給率の低迷、そして食料安全保障という複数の問題が、同時に顕在化している状態といえます。にもかかわらず、現状の対応は個別の補助金や一部の担い手支援といった、対症療法にとどまっています。
私は常々申し上げていますが、課題はソリューションと一体になって初めて意味を持つのです。解決できないことは課題ではありません。構造そのものを組み替える視点が必要なのです。

農林畜産をビジネスとして再生するための条件はシンプルです。 一つは、収益が成立することです。お米をはじめとする作物生産だけでは利益が出にくい現状に対し、農地の上部空間を活用して太陽光発電を行う「ソーラーシェアリング」で売電収入を得ることで、経営の前提が変わります。以前ご紹介した、千葉大学発ベンチャーである千葉エコ・エネルギーとつなぐファームのケースでは、売電との合算収入が8倍になるという驚くべき数字が出ています。
もう一つは、少人数で運用できることです。広大な土地を従来通り人手で管理することは、担い手不足の現状では不可能です。ここで不可欠となるのが「フィジカルAI」です。「発電による収益」と「AIによる省人化」が組み合わさって初めて、農林畜産はビジネスとして成立するのです。
フィジカルAIとは、AIが外界の状況を把握して判断し、それを現実世界の行動に移せる技術の総称と定義します。二足歩行のヒューマノイドやドローンなどをイメージしがちですが、センサーがついていてAIで動き、何らかの構造に結びつけば、あらゆる機械がフィジカルAIになり得ます。
この技術は既に社会インフラの実務に組み込まれ始めています。例えば、日立製作所のAIソリューション「HMAX」は、日常的に運行する普通の鉄道車両にカメラやセンサーを取り付け、線路の歪みなどを自動検知して保守に生かしています。豊田市でも、人工衛星から照射したマイクロ波の反射データとAIを用いて、地下の漏水を広域で把握する技術が実用化されています。
同じ発想は農林畜産にも適用できます。分かりやすい例が、深刻化する熊や鹿などの鳥獣害対策です。過疎化や猟師の減少によって野生動物が町に降りてくる中、従来の「音で脅かすだけ」の対策では動物が慣れてしまいます。しかし、自ら学習するフィジカルAIであれば、「今回は音と光を組み合わせる」「行動パターンを学習して対応を変える」といった進化型のアプローチが可能になります。
こうした発想は、すでに現実の中に現れ始めているのです。
林業では、スギやヒノキといった針葉樹の苗木は、幼木時に強烈な光が当たりすぎないほうがよく、日差しを適度に遮るソーラーシェアリングの下で育てるのが理にかなっています。徳島県などでは太陽光パネルの角度を自動制御し、農業と発電を両立する実証も進んでおり、林業と発電を掛け合わせるモデルが考えられます。
北海道厚岸町などでは、民間企業の「町おこしエネルギー」が耕作放棄地を買い取り、馬を放牧して雑草を食べさせることで土地を再生する事業を進めています。さらに同社は、この土地にソーラーシェアリングを建設し、その下で羊を放牧するシステムをすでに展開しています。現在、広大な牧場で馬や羊の繁殖・飼育が行われており、国内産ジンギスカン(羊肉)の生産へと繋がるこの取り組みは、エネルギーと食料(自給率の改善)を同時に生み出すモデルとして注目されています。
さらに、伝統産業である「蚕(カイコ)」に着目する企業もあります。研究開発型スタートアップのMorus(モルス)は、カイコ由来成分や、その餌となる桑の葉の機能性に着目した独自のバイオ素材を開発し、血糖値コントロールなどの分野でシンガポール等の海外市場へ展開しています。桑は耕作放棄地でも比較的栽培しやすい植物であり、かつての養蚕業の知見が新たなビジネスに結びついています。
人手不足、エネルギー自給率、食料安全保障。これらは個別の問題ではなく、ひとつの構造の中で同時に起きているのです。
耕作放棄地に発電機能を持たせ、フィジカルAIで運用する。この一つの設計によって、複数の制約を同時に解くことができます。これは部分最適の積み上げではありません。「一つが全体を変える」という発想なのです。
実装にあたっては、制度と事業設計の「構造」そのものを組み替える必要があります。私がここで提言したいのは、農地で生み出される「電気」を、農林畜産物と同じ「一次産業」として位置づけ直すことです。現在、エネルギー政策と農業政策は省庁の管轄が分かれていますが、これらを一体のものとして捉え、農林畜産分野の枠組みの中で発電から土地活用までを総合的に後押しできる設計へと進化させるべきです。(プラチナ構想ネットワーク会長・『森林循環経済』名誉編集長 小宮山宏)
※参考リンク
日立のフィジカルAI|Lumada:日立
農業と太陽光発電を両立した「営農型太陽光発電」を現地からリポート! | ACTION | Idemitsuが目指す2050年とアクション
営農型発電事業 株式会社町おこしエネルギー
モルス株式会社