One Design Changes Everything — An Answer to Society's Challenges, Sought Over a Lifetime as an Engineer
Updated by 小宮山 宏 on August 28, 2026, 9:45 PM JST
Hiroshi KOMIYAMA
(一社)プラチナ構想ネットワーク
東京大学工学部教授、工学系研究科長・工学部長、東京大学総長(第28代)を経て、2009年三菱総合研究所理事長に就任。2010年プラチナ構想ネットワーク会長(2022年 一般社団法人化)。その他、STSフォーラム理事長、一般社団法人超教育協会会長、公益財団法人国連大学協力会理事長、公益財団法人国際科学技術財団会長、一般財団法人 ヒートポンプ・蓄熱センター理事長など。また、ドバイ知識賞(2017年)、イタリア連帯の星勲章(2007年。)や「情報通信月間」総務大臣表彰(2014年)、財界賞特別賞(2016年)、海洋立国推進功労者表彰(2016年)など、国内外の受賞も多数。
地球規模の課題が山積する中、私が所属するローマクラブでの経験からも、もはや「危機だ」と叫ぶだけでは意味がありません。今年10月のSTSフォーラム(科学技術と人類の未来に関する国際フォーラム)でのオープニングトークでは、私は一人のエンジニアとして、生涯をかけて考え続けてきた社会課題に対する具体的な「答え」を出したいと考えています。 現在、人類は十分すぎるほどの知識を持っています。それらを総動員し、最適に適用すれば、あらゆる課題は解決できると信じています。その鍵は「社会をどう設計するか」にあります。私が言う「設計」とは、技術や制度、産業、人材を別々に考えるのではなく、一つの仕組みとして統合することなのです。
企業や自治体は個別の課題に懸命に取り組んでいますが、「部分最適」ではすでに限界がきており、かえって全体最悪を招きかねません。私が長年向き合ってきた「化学工学」という学問が、化学、機械、そして経済の知識を統合することで生まれたように、今社会に求められているのも複数の知見を統合する「社会の設計」です。
「ひとつの設計が全体を変える」とはどういうことか。例えば「ソーラーシェアリング×非耕作地×フィジカルAI」という設計があります。農地の上に太陽光パネルを設置し、現実空間のデータを扱うフィジカルAIを掛け合わせるのです。これを実践すれば、エネルギーと食料の自給率向上だけでなく、地方の人手不足解消、さらには熊などの害獣問題まで複数の課題解決につながります。以前、九州で講演した際、介護施設の女性経営者が「施設でソーラーシェアリングをやりたい」と相談に来られました。電気を自給しながら、農業を通じた利用者の健康増進にもつながる、素晴らしい設計の連鎖です。
他にも、岡山県真庭市では、廃校となった校舎を大学の拠点として活用する「廃校×大学×人材養成」という設計を進めています。小中高生の探究型学習だけでなく、地域の大人たちに向けて林業人材の養成やAIの導入方法を学ぶ場を作り出しています。さらに、「林業×バイオマス化学×木造都市」を組み合わせた森林循環経済の構造は、それ自体が地域再生や脱炭素化、エネルギー資源問題の解決策となり、総合的な循環経済を生み出します。一つの正しい設計が、社会全体を連鎖的に変えていくのです。
では、この全体設計を誰が担い、実装するのでしょうか。政府からのトップダウンには限界があり、権威主義に陥る危険すらあります。一方で、企業は利潤追求に偏りがちであり、個人では規模と継続性が担保できません。 だからこそ、年齢、職業、性別、国籍、分野の壁を越え、経験と知識の多様性に富み、長期的・人類史的視野を持った組織(法人)が必要になります。私が会長を務めるプラチナ構想ネットワークも、そうした「自律分散協調系」として全体設計を担う仕組みを目指す一つの試みです。
こうした複数分野を統合する設計アプローチは、日本特有のものではありません。エネルギー、農業、技術、地域社会をつなぐシステムは、先進国であれ途上国であれ、各国の文脈に合わせて適応できる「人類のためのデザイン」になり得るのです。
素晴らしい設計を描き、実装するためには、それを担う「人材」が不可欠です。生成AIがあらゆる知識を網羅するこれからの時代、真に求められるのは、断片的な知識をつなぎ合わせ、突破口となる「シナリオ(ストーリー)」を描ける人材です。
そうした人材を育てるには、既存の枠組みを壊し、人を流動化させる仕組みの設計が必要です。私が東京大学工学部長時代に行った教育改革では、民間企業で副社長を務めていた同級生を教授として招聘しました。また、学位審査の副査の1人を必ず他学科から選ぶ制度へと変更しました。異なる分野の知見を交わらせることは、学生を育てるだけでなく、学生を通じて「教える側(先生)」を成長させることにも繋がります。
これは決して大学に限った話ではありません。皆さんの企業や地域においても、部署間の壁を取り払って横断的なプロジェクトチームを組む、あるいは外部の異業種人材を巻き込むといった「人材交流の設計」が、未来のシナリオを描ける人材を育てる最良の手段なのです。
社会は、一つの技術や一つの制度だけで変わるものではありません。人類が蓄積してきた知識を一つの「設計」へと統合したとき、初めて社会全体が変わります。
そして、この「ひとつの設計が全体を変える」という思考法は、国家や自治体といった大きな主体の話にとどまりません。私が影響を受けた吉川弘之先生(元・東京大学総長)の理論にも通じますが、設計とは決して一部の専門家や技術者だけのものではなく、望ましい未来を実現するために知識を統合し、新たな解を創造する「人間の知的活動」そのものなのです。かつて吉川先生からは「知識の構造化が、硬直化にならないといいね」と言われたことがあります。それは、固定した目標を決めてそこに至る設計ではなく、行動し続けるということだと思います。
その意味で、皆さんの日々の仕事の組み立てや、直面しているビジネス課題の解決、あるいは地域の小さなコミュニティの再設計そのものが、すでに未来を構想する営みなのだと言えます。社会課題が複雑化した今こそ、多様な知識を結び付けながら新しいシナリオを描き続ける『設計する力』が求められているのです。
私が描く理想の2050年とは、その「設計」が人と自然、産業、地域を有機的に結び、一人ひとりが持てる能力を十分に発揮し、自己実現できる社会です。生涯エンジニアとして考え続けたこの未来の設計を、皆さんのそれぞれの現場でも応用し、共に社会へ実装していくことこそが、私の変わらぬ願いです。(プラチナ構想ネットワーク会長・『森林循環経済』名誉編集長 小宮山宏)