Reading the History of People and Wood Through 20,000 Timber Specimens: The Past and Future of Kyoto University's Xylarium
Updated by 田鶴寿弥子 on September 02, 2026, 10:52 AM JST
Suyako TAZURU
京都大学
京都大学生存圏研究所 准教授/専門は木材解剖学。木製文化財の樹種識別などを通じて、人と木との歩みや、人が木に抱いてきた哲理に光を当てる学際研究を行っている。 著書に『ひとかけらの木片が教えてくれること 木材×科学×歴史』(単著,淡交社,2022)、『京大研究でわかるサステナビリティ』(共著,オーム社,2025)がある。
京都府宇治市に位置する、京都大学宇治キャンパス。この地が日本の木材研究と深く結びついてきた歴史を知る人は、そう多くないかもしれません。
昭和15年(1940)頃、国内で木材学の専門研究機関を求める声が高まりました。当初は時期尚早と見送られたものの、戦局の進展に伴い木材研究の重要性が増したことから、昭和19年(1944)、京都帝国大学(現・京都大学)の附置機関として木材研究所が創設されます。当初は農学部の建物を使用していましたが、戦後に宇治市五ヶ庄へと移転。その後木質科学研究所を経て、現在の生存圏研究所へと発展を遂げてきました。現在の宇治キャンパスには生存圏研究所以外にも複数の研究所がありますが、長きにわたりこの地は、多くの研究者が木材の可能性を追求する一大拠点であり続けています。
そんな宇治キャンパスの一角にあるのが生存圏研究所の材鑑調査室です。材鑑という言葉になじみのない方も多いでしょう。一言で言えば、日本をはじめ世界中から収集した木材標本(材鑑)を整理・管理する施設で、英語ではXylariumと呼ばれます。材鑑調査室は、昭和53年(1978)に国際木材標本室総覧へ機関略号KYOwとして正式登録されたことを契機に、昭和55年(1980)、当時の木材研究所内に新設されました。昭和58年(1983)には専用の建物を新営し、平成の改修を経て今に至ります。この国際木材標本室総覧とは、世界中の大学や研究機関が保有する木材標本コレクションを網羅した国際ディレクトリで、日本からは国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所を筆頭に、5施設が登録されています。

材鑑調査室設立以来、材鑑の収集や光学顕微鏡観察用のプレパラート作成が精力的に進められてきました。昭和55年(1980)時点で約2,000点だった標本数は、わずか2年後の昭和57年(1982)に5,000点へと倍増。歴代の研究者やスタッフの情熱によって拡充され、現在では材鑑約2万点、標準プレパラート約1万5,000点を保有するまでに至っています。
私自身は木材解剖学の研究者として、恩師たちの指導のもと、主に歴史的建造物や木彫像といった木製文化財の樹種調査に携わってきました。単なる科学的な種類の特定にとどまらず、人と木との関わりの歴史や、当時の人々がなぜその木を選んだのかという樹種選択の哲理をひもとく学際研究に魅了されています。
戦後の日本では考古学ブームが巻き起こり、遺跡から出土する木製品の樹種同定が強く求められました。材鑑調査室は当時から考古学分野からの調査要請に応じ続けてきた歴史があり、また近年では歴史的建造物に由来する古材標本も600点を突破しています。その陰には、精力的に古材に向き合ってきた先輩研究者らの姿があります。現在も文化庁との覚書に基づいた修理文化財(彫刻)の材種鑑定をはじめ、都道府県の文化財保護課や国内外の博物館・美術館などへの樹種調査協力など、木の文化を多角的に解明する重要拠点としての役割を果たしています。
ところで、樹種を特定するには、薄く切った木材組織を顕微鏡で観察します。幾度となく顕微鏡を覗き込んできた私ですが、経年劣化してなお精妙で美しい組織の向こう側に、数百年前の大工や彫刻家、あるいは木こりたちの姿が浮かび上がり、時を超えて対話しているような感覚を覚えます。「俺が選んだ木、何の木か分かった?」 「どうしてこの木を使ったのか、その理由が分かる?」彼らからそう問いかけられている気がしてならないのです。樹種識別は解剖学的特徴を逐一確認していく骨の折れる作業であり、責任を伴います。未熟な私は、識別を間違えて数百年も前の強面の大工さんに土下座して謝る夢を見たことも一度や二度ではありません。それでも、樹木として人の何倍も生き、倒れてからも木材として人々を物理的・精神的に支え、建造物や仏像となって文化を繋ぐ木。その木肌や調査のための小さな木片に触れるたび、私の心は畏敬の念でいっぱいになります。

現在も古材標本をはじめとする新規収集や内外との標本交換は継続して行われています。また材鑑調査室は生存圏科学の共同利用・共同研究拠点におけるデータベース利用型共同研究の一環として、広く国内外の研究者に開かれた場ともなっています。
材鑑調査室は、従来の木材物理学・木材化学・木材生物学といった木質科学の発展にとどまらず、建築史、文化史、考古学、年代学、気候学、民俗学などを巻き込んだ新しい木の科学を推進し、人間が木に託してきた英知や哲理を未来へと繋ぐ場として歩み続けていきます。
京都大学のシンボルツリーはクスノキです。私の大好きな木の一つです。時計台の前で枝葉を大きく広げたクスノキを見ていると、守られているような感覚になります。
ベストセラーとなっている東野圭吾さんの小説『クスノキの番人』を以前書店で見つけたとき、わき目もふらずレジへと向かったことを思い出します。そしてこの本を一気に読み終えてふと思いました。タイトルの中の木の樹種がクスノキでなくても、これほどまでに多くの読者の心が震えただろうか、と。
日本人にとって心を動かす木はたくさんあるでしょう。けれど、人々の無数の祈りを受け止めてきた一本の木を巡るこの物語において、それはクスノキという樹種である必要があったのではないかと思いました。今も昔も霊性宿るご神木として信仰を集め、飛鳥時代の仏像に使われることもあったクスノキ。クスノキ独特の芳香と存在感は、古代から長い年月を経た今もなお、日本人の精神深くに働きかけているのではないでしょうか。自然との距離感が変化した現代においても、みゃくみゃくと心のどこかで日本人がクスノキという木に対して抱いている何らかの哲理や信仰。目には見えないけれど日本人の心や文化を育ててきた精神性も、材鑑標本というモノとともに未来へ繋いでいけたらと思っています。

今、森林や木材利用のあり方等が再注目されています。人が木とどう向き合ってきたのか、人は木に対してどういった思いを抱いていたのかという精神的側面に改めて注目することも、これからの日本の森林循環・木の文化を考える上で重要なのではないでしょうか。ハードとソフトの両面が整ってはじめて、日本の木の文化はさらに輝きを増し、よりよい形となって森林が循環していくのではないかと私は思うのです。
材鑑調査室は常時開館の展示施設ではありませんが、毎年秋の宇治キャンパス公開の際には一般開放を行っています。ぜひ一度足をお運びいただき、木が語る雄大な歴史の息吹を感じていただければ幸いです。(京都大学生存圏研究所 准教授 田鶴寿弥子)
※参考サイト
京都大学生存圏研究所 材鑑調査室