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グローバルネイチャーポジティブサミット2026熊本で見えた次の論点 自然の可視化から自然価値の市場創出に向けた議論の加速を331

From Visualizing Nature to Market Creation: Accelerating the Debate on Natural Value — Insights from the Global Nature Positive Summit 2026, Kumamoto

Updated by 相川高信 on August 05, 2026, 7:46 PM JST

相川高信

Takanobu AIKAWA

PwCコンサルティング合同会社

PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー/森林生態学および政策学をバックグラウンドに、林野庁や地方自治体の森林・林業分野の調査・コンサルティングに幅広く従事。特に欧米先進国との比較から、国内における林業分野の人材育成プログラムや資格制度の創設に貢献した。東日本大震災を契機に、バイオマスエネルギーを中心とした再生可能エネルギーの導入のための調査・研究に従事。FIT制度におけるバイオマス燃料の持続可能性基準の策定に参画。2024年7月より現職にて、気候変動を中心にサステナビリティ全般の活動をリードしている。京都大学大学院農学研究科において森林生態学の修士号、北海道大学大学院農学研究院において森林政策学の博士号を取得。

7月14日と15日に熊本市で「グローバルネイチャーポジティブサミット2026」が開催され、本会議には約2,700人が、同時開催の「NATURE TECH!」展には14,000人以上が参加した。筆者も2日間にわたり参加したが、とても前向きな空気を感じることができた。

当初公表が予定されていたNature Positive Initiativeによる「自然の状態(State of Nature)」の公表は見送られ、10月にアルメニアで開催されるCOP17に合わせて公表されることになった。自然資本の測定手法や評価指標については依然として議論が続いており、「自然をどう測るか」という課題が残されていることも改めて示された。

一方で、大きな課題として感じていることは、自然の価値の計測のその先にあるはずの「自然価値の市場」の創出についての議論を加速させる必要があるということだ。そのためには、すでにある程度発展している炭素市場を参照しつつ、水源かん養や生物多様性保全など、その他の自然の価値の特性を見極めて、適切な制度設計を行うことが重要である。結論を先に述べれば、自然の価値の取引は、炭素市場とは異なり、ランドスケープアプローチによるローカル単位が基本となるだろう。

※本コラムは7月中旬に執筆したものです。7月28日に熊本県で発生した地震により被害を受けられた皆さまに、心よりお悔やみとお見舞いを申し上げます。

「自然をバランスシートに載せる」ことの意味

今回のサミットで耳にすることが多かったキーワードが、「Nature on the Balance Sheet(自然をバランスシートに載せる)」である。

従来の経済システムでは、森林、水、土壌、生物多様性がもたらす便益は「外部性」として扱われてきた。例えば、森林を伐採すれば木材販売による収益は計上されるが、一方で水源かん養機能や洪水防止機能の喪失は、会計上ほとんど評価されない。

これに対し、自然を経済活動を支える「資産(Asset)」として捉えるという「自然資本論」の考え方が広がっている。これには2つの意味がある。1つは、工場などの生産設備と同じように、自然を経済活動に必要な資本・資産として位置付けることを目指している。2つ目は、森林は単なる木材生産地ではなく、炭素を固定し、水を貯え、洪水を防ぐ機能を持っており、加えて生物多様性を維持するといった多様な生態系サービスを生み出している資産であると捉えることである。このことにより、適切な管理は、資産としての森林の価値を向上させるが、反対に不適切な取扱いは、価値を減らすことになる。

社有林のBSへの計上では不十分か?

一方で、コラムをお読みの森林・林業関係者の中には、「企業の社有林はすでに資産として扱われているのではないか」と思われる方もいるだろう。

実際そのとおりで、国内外を問わず、社有林を保有する製紙産業などの森林・木材企業は、その価値をバランスシートに計上している。ただし、現在の会計で評価されているのは主に、土地の価値に立木の価値(木材価値)を加えたものになっており、森林が生み出す生態系サービスの多くは、依然として会計の外側に置かれている。

確かに、中南米や東南アジアの大規模な植林地の開発では、社有林の中に保護区を設ける場合が多いが、それは規制に対応するための「費用(コスト)」であって、企業にとっての価値を生んでいるものではない。したがって、以前のコラムでも紹介したISFC(International Sustainable Forestry Coalition)の取り組みは、この範囲を拡張することを目指している。

なお、米国などでは、かつては森林経営から製材・製紙業までを手掛ける垂直統合型の企業が存在したが、資本効率を求める投資家の要求で、多くが社有林を売却することになった。こうした経緯も振り返りつつ、責任ある森林経営が可能な仕組みを考える必要がある。

本当の挑戦は「可視化」ではなく「市場化」

サミットでも多くの企業の出展があったが、近年、衛星データなどの自然価値を計測し「可視化」するための技術の発達が目覚ましい。しかし、大事なことは、その先にある「市場化」の議論を加速させていくことである。

例えば、ある企業が保有する森林の生物多様性を計測した上で貨幣換算し、その価値を1億円と評価できたとしても、その価値を購入する「買い手」が存在しなければ、それはあくまで参考情報である。投資家が本当に注目するのは、キャッシュフローを生むか、資本コストを下げるかの2点だからである。

その意味で、森林が健全に管理・経営されることにより、例えば災害リスクが低減できるのであれば、資本コスト(金利)が下がり、資本調達を容易にすることができる可能性がある。

保険業界の議論もこれに近い。気候変動の影響もあって、自然災害の増加・激甚化により保険金支払の増加に直面している世界の保険業界は、自然関連のリスクを定量化し、保険加入者に適切なリスク回避を促そうとしている。

水と生物多様性価値の市場化に向けた方向性

一方で、キャッシュフローを生むためには、新たな売り上げが立たなければならない。そのためには、森林の生態系サービスの特性をよく見極め、「市場を創る」取り組みを始める必要がある(※表1)。なお、従来型の木材であっても、自然に配慮した製品というマーケティングによりリーチできる顧客もいると想定されるが、そのような市場はニッチにとどまる可能性も高い。

表1:各生態系サービス(価値)の特徴(注:生物多様性保全の指標は、Nature Positive Initiativeが提案しているState of Nature指標で仮置きしている)

炭素市場が成長しているのは、CO2排出削減を求められる企業という明確な買い手が存在するからである。しかも、CO2という共通単位があり、世界のどの場所で排出削減を行っても、地球環境に与える効果は変わらない。

これに対し、水や生物多様性など他の生態系サービスは事情が異なる。例えば、水は典型的なローカル資源であり、熊本の地下水問題は、北海道の森林整備では解決できない。同様に、生物多様性も地域固有性が極めて強い。したがって、水市場や生物多様性市場は炭素市場のようなグローバル市場にはなりにくく、むしろ流域単位の市場あるいは相対取引が中心になる可能性が高い。

特に注目したいのは水である。近年、半導体工場やAI向けデータセンター、飲料メーカーといった大規模利用者が増加している。気候変動の影響も相まって、国連大学は「水破産」というショッキングな報告書を公表している。さらにTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)の普及によって、水リスクの開示が求められるようになれば、企業は流域の水資源の安定確保により大きな関心を持つようになる。そうなれば、下流の利用者が、従来も負担してきた水道インフラの整備・運用に加えて上流森林の管理費用を負担するという仕組みが現実味を帯びてくる。

生物多様性の価値については、出発点になるのは、地域でどのような生物に価値を見出し、その生息地を保存したいかという議論になる。フィンランドでは、地域で保全すべき生態要素を「ショッピングリスト」として政府が公開し、保全を行った所有者に補償金を支払うMETSOプログラムを実施している。日本においては、森林環境譲与税を活用して、最初の「価値の買い手」になれる。また、地方自治体は一般市民や林業従事者に対する教育や、価値取引のプラットフォームづくりやアプリ開発に投資もできるだろう。そして林業従事者が、日々の仕事の中で見つけた生き物をシェアすることや、伐採をせずに保全した広葉樹に対して、「マッチングギフト」のように、流域内だけではなく、サプライチェーンでつながっている企業や消費者が「環境支払い」をする仕組みも構想できる。

まとめ

今回の熊本で開かれたグローバルネイチャーポジティブサミットは、今後の社会変革の呼び水となる画期的な国際会議だった。今後の実装に向けては、本コラムで書いた市場創出の議論を、森林を実際に管理する林業関係者を巻き込み、ローカル発で仕掛けていくことが肝要であるように思う。

その意味で、今後の森林・林業界に必要なのは、「林業」から「森林資本経営」への発想転換である。木材価格だけを見る時代から、炭素価格、水価値、生物多様性価値を含めて森林を評価する時代へ移行しつつあることを関係者が理解することが必要である。(PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー 相川高信)

参考文献:
・ 東京大学未来ビジョン研究センター グローバル・コモンズ・センター(2025)「Making Natural Capital Count: An Investment Agenda
・ 国連大学水・環境・保健研究所(2026)「地球規模の水破産:ポスト危機時代における限界を超えた水利用
・ 相川高信「森林を起点としたランドスケープアプローチ ― 流域で「ネイチャーポジティブ」を定義する」(森林循環経済・2026年3月25日記事)
・ 相川高信「水源涵養を経済価値に-森林管理の効果をツールで定量化し評価へつなぐ」(森林循環経済・2026年4月22日記事)

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